広がる心

1997/01/17(FRI)-2

 牧場の草むらの岸沿いをブリントと歩いていると、川の中ほどに黒い影が見える。60センチぐらいはありそうだ。

「ブリントさん、あそこ。魚、魚」

 一瞬、凝視した後に、彼は言った。

「うーん、待てよ。ゴウ、あれは石の影だよ。魚影の定位している方向が流れと斜めにずれているだろ」

 なるほど、そう言われると、その影は流れに平行にはなっておらず、いくぶん斜めに傾いでいる。あの体勢では鱒は水中に静止していることはできない。果たしてその影の正体は細長い石の下側にできる陰影であった。今回の釣行ではまずまずの正確さで鱒を見つけられるつもりでいたがやはり、ブリントの長年の経験にはかなわないようだ。

「この川はよく増水するけれど、増水したときはほんとに釣りのチャンスなんだ。こういった、岸辺の緩やかな淀みにたくさんの鱒が集まってくるからね。昨年この川に来たときにはここの岸辺だけで12尾も鱒を見つけたよ。そういうときにはニンフは絶大な威力を発揮するよ」

そんなシチュエーションに出会って見たいものである。

 いくつかの瀬と淵を越えて遡行を続け、幅が50m以上はありそうなだだっ広い瀬に出くわした。水深は50から60cmぐらい。対岸は切り立った山の斜面であり、深い森の梢が川面に張り出している。サッカー場が楽に取れそうな広さのその瀬の上流側には大小の岩が点在しており、あるものは水中に没し、あるものは頭を出しているといった「お気に入り」の場所である。ブリントは、あそこを上流まで丁寧に攻めて見ろと言い残して、上流側へ偵察に行ってしまった。

 膝上まで流れに入り、心地よい水の圧力を感じながら、伸び伸びとロッドを振る。石の様子、緑がかった水の色合いなど、桁違いの広さを別にすればまったく日本の川のようである。河原の広さ以上に伸びやかに心が広がってゆく。

 丁寧にポイントを探りながら、とうとう最も上流の岩場まで来た。何か、言いようのない雰囲気があふれている。数個の岩を通る流れは複雑な流線と渦とを生み出し、いたるところに鱒の住処を形成している。リーチを掛けたりスラックを作って自然にフライを流す。

 流心に頭を突き出している三角の白い岩まで流れたロイヤルウルフを、岩の死角から浮かび上がった鱒がくわえ、そして沈んだ。

「ヒット!」

 ドンぴしゃの合わせとともにラインが張りつめる。

「グーッドキャースト!」

 背後からブリントの声が聞こえた。

「ブリントさん見てたのか!」

 と少しうれしく思う間もなく鱒は下流へと走り出す。それほど大きくはないようだ。ところが本流の流心に走り込んだ鱒は信じがたい抵抗を示し、思いきりこらえていてもジリジリとラインを引き出していく。ジャンプこそしないが、わずか40cmほどにしか見えない魚体にしてはほとほと感心する力である。

 それでもこれでも何とかラインを巻き取ってようやく水面に鱒が顔を出した。下流側から慎重に近寄ったブリントが手際よくランディングする。

自分の釣りができるようになった

「やったーぁ、今日の1尾目だ!」

「おめでとう!素晴らしいキャストだったよ!」

 ブリントとこれで4回目の握手を交わす。この美しい朝にこの素晴らしい鱒を釣ることができた。しかもこんな私の好きな場所で。なんという幸せだろう。

「ほんとに力のある鱒ですね!」

「ああ、川に棲む鱒は力があるよ。湖の鱒は大きくて重いけど、これほどは引かないよ。力がないんだ」

 ほとんど湖の釣りはしないというブリントは、パワフルな川の鱒釣りに魅せられてしまっているそうだ。


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