釣行日誌 NZ編  「その後で」

ざわめき、ゆらめき、ときめきの時

1999/12/16(THU)-3

 その後二時間ほど、いかにも魅力的な北岸と西岸をしらみつぶしに攻めたものの、

『本当に魚いるの?』

 と、聞きたいくらい沈黙の時は長く続き、さすがのブリントも

「午前中の釣りは、あの根っこの固まりを最後にして、次の湖へ移ろう」

 と言って、ボートを枯れ木と根株の林立する浅場へと向けた。オールのギィギィという音だけが湖面に消えてゆき、最後の望みにふさわしい「気配」が漂っていた。この「気配」はなんとも合理性に欠け、説明しようにも根拠がないのだが、釣り人の間では共通の感性なのである。

「ははーん、何か臭うぜ。 ゴウ....」

「ああ、それっぽいね。 ブリント」

 おっ、あれを見ろ! とブリントが指さす方を見ると、どうやら藪の中から狭いけれども水量の豊富な沢が流れ込んでいるようである。流れ込みの湖底には深い水路が形成され、いくつかの切り株にぶつかった水流がゆったりと魅力的な渦を巻き起こしている。

 流れ込みの一番上流側から攻めることとし、浅瀬を狙ってキャストすると偶然にも切り株と藪の間のポケットにラビットのフライが落ちる。ピクン、スイーッスイーッとリトリーブを開始すると、どこからともなくフライの背後の水面が波立ち、水深10cmほどの浅場で魚体を斜めにしてブラウントラウトがフライを追い始めた。

『うわぁっ! 喰え喰え喰え喰えっ!』

 背鰭もあらわにフライを追ってきた鱒は、不器用なのかフライが重すぎて底を這っているせいなのか、なぜかがっしりとくわえるには至らない。ラインがトップガイドを通り越し、リーダーだけでリトリーブするところに来てもまだフライを突っついていたブラウントラウトは、ふと水面上を一瞥し、私の顔を見てから

『なんや、アンタ方だったんかいな......』

 と、なぜか関西弁の響きで呟くと、泥っけの多い深みへ消えていった。

「惜しかったな」

 ブリントの励ましも耳を素通りし、いささか熱くなってしまった私はラインを繰り出す手ももどかしく下流側の切り株向けて次の一投をキャストする。多少深いと思われる切り株の横に落としたフライを一つ・二つと沈ませてから、例のごとくシャッシャッとリトリーブを始めるとやにわにゴンゴンとロッドが震え、ジジジジジャーとドラグが鳴り出してふっと軽くなった。

「あっれーっ?」

 あまり突然の出来事だったので、合わせを行うヒマが無かったと言えば通りはいいが、なんのことはないややボケッとしていただけのことであった。

「おかしいと思ったら取りあえず合わせて見ろよ」

 いつもながら的確なブリントの指示にうなずかざるを得ない。フライは新しいはずなのだが、もう一度鉤先を確認する。

いやぁフックは研がんとアカンぞい

 昨日のジョーンズさんの忠告を思い出したのである。ははァ、案の定、これまで数回木の枝を釣ったりしたせいでブラックラビットの鉤先は親指の爪に立たなくなっていたのである。これではアカンと念入りに新しいラビットを結び、結び目の強度とティペットの先端部を確認する。

 隠れ沢の流れ込みに向けてボートを巧みに寄せてきたブリントが、

「あれ、見えるか?」

 と指さす。見ると、流れがえぐり込んだ岸沿いの根株の向こうで何かが浅瀬で波紋を作っている。

「でかいぞ」

 彼がボートの向きを変え、私がキャストしやすい角度に整えてくれる。

「見えてる見えてる......ようし動くなよ.....」

 リールからラインを手繰りだし、一、二ィのぉ! とフォルスキャストに入った途端に何かを見つけたのか、鱒はボートに向けて泳ぎ出した。

「動くなよ! じっとして.....」

 ブリントの指示に息を潜めて石になっていると、流れが作ったエグレ沿いに泳いできた鱒は、ボートのすぐ脇を通り、私たちに気づいたようすもなく黙って深みへと泳ぎ去って行った。


「ようし、オーケー。これでキリにしよう。まだまだ湖はいくつもあるさ」

 ブリントの声に、結局一日目の午前中に、この湖では1尾も釣ることが出来ずに竿をたたみ、次の湖に向かうこととなった。浅場でボートを降り、腰の深さで水に浸かりながらボートを支え、ブリントがトレーラーをバックさせてくるのを待つ。陸上ではかなりの重さがあるボートも、水上では腕一本で楽に動かせることに驚かされた。トレーラーががらがらと砂利の傾斜路を下ってきて湖水に没し、ガイドローラーの中央に舳先を合わせ、ブリントが伸ばした手巻きウィンチのフックをキール下部のシャックルに掛ける。剛腕のブリントがギリギリとボートを巻き上げる間、微力ながらも船尾を押して手助けをする。ローラーに乗ったボートはあっけなく所定の位置まで引き上げられて固定された。

「いやぁ、まずまず。ランチにしようぜ」

 湖岸の砂利に腰を降ろして夫人が作ってくれたサンドイッチをいただく。コーヒーが旨い。

「もう少し魚がいるかと思ったけどなぁ。まぁ、いい偵察にはなったな」

 今回の釣行では、ブリントの今後の作戦のために、彼の行ったことがない場所を選んで釣ることにしているので、アタリとハズレはお互い承知の上なので釣果は二の次なのである。というわけではあるが、「釣っておくべき」魚を何回かしくじっている私としてはいささか忸怩たるものがあり、やや焦ってきているのであった。

「この湖はいつも泥混じりに濁っているから、だれも鱒がいるなんて思わないんだよ。でも、いよいよの非常時にしか来る価値はないなぁ.....」

「さぁて、腹ごしらえも済んだし、河岸を変えるか!」

 再び峠を越してゆくハイラックスであった。


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