アメノウオ一代 その7  フォードで通った三重の山里

 それからあっちへも行ったことあるよ。あれはなんちゅう所だったなあ、親父の会社の人となあ、今考えてみると、三重県の青山高原の方じゃなかったかなあとおもうんだがなぁ。

--あー、それは可能性あるね。アメおりそうな所あるじゃん。

 おう、川はねえそんなに大きな川じゃあなかった。そうだなあ、広いところで四メートルか五メートル。それがなあ、そのばかによう、ここらの川みたいに瀬があり淵がありっちゅうような川じゃあなくてなあ、村の真ん中の田んぼのあいさをだらべんこんと流れるような川だったような記憶があるよ。

--榊原温泉の上じゃないの?

 ほうか、なんかねぇ小さな部落でなあ、こんな柿野みたいにねえ傾斜地じゃあなかったような気がするよ、盆地みたいな。ほいでねえ、俺の記憶じゃあさあ、その川を上っていくとねえ、田んぼが両側にあって、土橋が架かっておって、上っていくと左から道が右へきとって土橋にあたって渡って田んぼが終わったとこにお宮があって、大きな木が何本も生えとった記憶があるだがなあ。ほいで、俺は田んぼの近所におれっていうわけだ。親父とその人は奥へ行っちゃうわけよ。

 そうしたらある日なあ、行ったら村の春祭りだったんだろうなあ、お宮に幟がたいへん上がっておるわけだ。ほいでよう、親父ん達がさあ、

「俺らいっつもここへきてよう、みんな忙しそうに仕事しとるに俺らひまそうに魚釣りなんかやっとって申し訳ねえだで、ちいと納めりゃきげんはいいだで、寄付をおさめるか。」

「そいじゃあそうせるか」

 ってその会社の人も言って、親父と出し合ったと思うだが後でおじいちゃんにいくら出したのって聞いたら、ここへ疎開してきてからの話だよ、五円出しただ、っていう話だった、寄付を。そうしたら一番の寄付頭だっちゅうわけだ。(笑)

 そうしたらけっこう(とうとう)皆さんで村のお祭りにおいでておくれましょうっちゅうわけになってしまって親父ん達は魚釣り行けへんわけだ。そうしたらその山田っていう人がこれ(酒のこと)好きと来ちゃったもんで、とーうとう寄り込んじゃって、その晩泊まっちゃってなあ。うん泊めてもらってよう。

 ほいからまたしょんねえ泊めてもらったお金を払うって言う、向こうはとらんて言う。そうして親父ん達もまあこらしょんねえまたこんど来るときにみやげ持って来まいかってなことでなあ。

 ほいで俺今でも覚えとる、その次に行った時になあ、缶詰とこんな小さな今でもあらぁ、六つだか十二だか化粧石鹸入ったやつ、お袋が買ってきてなあ、缶詰のセットと化粧石鹸一ダースだかを持っていったらよう、またその部落の人がえらい喜んじゃってよう、帰りにゃ椎茸くれるだとか何かくれるだとかでよう、心安くなっちゃってなあ。あの村の有力者の家だろうなあ、大きな家に泊めてもらっちゃって。

 ほいで俺が上手に釣るっちゅって近所のおじいさんたちにほめられてなあ。そうだわい、あの辺の子供ン達は魚なんか釣りゃあせんし、竿だって持っとりゃせんしさあ、そんな時代だもんで。

--そいじゃあ何、津の辺りまで電車で行ったの?

 いやあ、それがフォードの強みだい、運転手付きで乗用車で行くだい。いくらかなあガソリン代だけは払ったそうだけどなあ。

(注: 伊藤文三すなわち肇の父は、戦前尾張フォード自動車に勤務していた)

--その部落までやぁ?

 おーう、そりゃお前、おじいちゃんが知多半島の篠島行くのにさえ車で行っただもんで、あの時分に贅沢なもんだぜそりゃぁ。あの時分にハイヤーハイヤーって言っただがフォードの乗用車だぞお前。

--そいつはすごいや、何時間ぐらいかかったの?

 やーっとかかったなぁ、とにかく!そりゃあお前朝暗いうちにお迎えが来るだもんで。おう、そいでどういうわけだが知らんがなあ、その知多半島の海に行く時は、なんとか言う重役さんが海釣り好きで親父は付いてくだが、三重県のそこへ行く時はおじいちゃんとその山田さんとか言う人と行くだい。

 それでアメを釣って来てはなぁ、今いうフライにしたりさ、それから炙るだい。それでおじいちゃんもなあなかなか考えておってなあ、炙るに良い炉が無いらぁ、ほいでそのぉフォードだもんだいお手のもんだい、ドラム缶を半分に切ってもらってきてなあ、それでおじいちゃんがそういうことやってくれる会社の職工さんたちを呼んできてアメ茶漬け(アメノウオを甘辛く煮付けてお茶漬けにしたもの)を食べさせてなあ。

 そいでおばあちゃんあんな人で誰でもおいでておくれましょう(お越しください)だったからにぎやかかったよ俺の家は、あの時分から、みんな来て。

 そりゃあ今でこそ渓流釣りだアウトドアだって言うんだけどあの時分そんな人はおりゃあせんだもんで。そりゃお百姓から見ればほんとに町の野郎ン達がヒマそうに! と思っただろうと思うよ。こっちは忙しいのに! なんて。

--車で来るんだもんね。

 おう、ハイヤー乗り付けるだもんでお前。それで運転手はいいだい、魚釣らんこにブラブラしておれば日当もらえるだもんで。そいだから俺達はさあ、身上無かったけどもそういう面じゃあ贅沢してきたよ、ほんと。

--今からじゃあ考えられんね。

 おう、あの戦前にハイヤー乗り付けてアメ釣るだもんで、考えられんにそりゃ、ほんとの話が。殿様でも知れとるわい、ほんと。


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