父の釣り口伝

肇の魚釣り初め その4  薄明のミミズ堀り

 それでおれは一年生になって名古屋へ連れて行かれて学校へ通う。そうしたことろが親父も連れが欲しいもんで俺と魚釣りへ行くと、そうしてだんだんフナ釣りも覚えたんだけども。

 ほいで、うちの親父っていう人もなんだなァ、厳しいって言えば厳しいし、融通がきかんていえばきかん人だったなあ。ほいでおれがおまえによく言うもんだ、近所の鼻緒屋さんの手伝いをしたりなんかしてさお小遣いをもらったりしてさ、テグスを買ったりしてまかなうわけだ。そうこうしておるうちに今言う餌だわい、あの当時でもねえシマミミズっていうのはある程度値段がよくてなあ、昔、若い衆が兵隊に受かって兵隊に行くと、そのときに入営記念だとかなんとか言って餞別をくれた親類衆にお礼によう、杯を配ったもんだわい。その杯が直径が五センチぐらいで深さが二センチぐらいでこんなんなった大きな杯で。その杯へ、ミミズばっかり一杯入れて、当時の金で二銭だったでなあ。で結構値が良かった。

 で一日フナ釣ろうと思うと二銭どころか二十銭ぐらい買わなけりゃあかんかったんだな。すると親父もなあ、なかなか二十銭というお金もえらいもんだで(出せないから)、どっかにそんなもなァおるはずだという結論になってきてさあ、で、俺は遊んでおるもんだで親父が

「肇、どっかのごみ捨て場とかそういうとこへ行ってシマミミズ掘ってこい」

 とこういうわけだ。そこでよしきた、っていうわけで探すだが、さあおらんだなあそれが。

 それでまああっちこっちあっちこっち探しておって、とうとう中村公園のなあ「加藤清正武勇の井戸」なんて言う井戸の裏に、公園は落ち葉が落ちるだら、それを集めていっては公園の掃除の人夫さんたちが捨てるごみ捨て場があって、その落ち葉ほじくったらおったんだよなあ。

 さあそれから俺が掘ってきては親父にミミズ掘ってきたから釣りに連れてけ、と言ってはおった。だけどそのうちに親父も親父自身で探しとったらしいんだよなあ、で親父もそこを見つけたわけだ。でも親父はおれに言わないんだなあ。で、おれも親父に言わないんだ。

--あっはっは。

 そいでさあ、土曜日の日にはミミズ掘っておけ、そうすりゃあ日曜日の朝からに連れていってやる、とまあこういう不文律みたいなことになっておって、親父と毎週魚釣りに行くわけだ。けど、ある土曜日の日におれが何かで忘れておって掘ってきておかなかったわけだ。そしたら晩に親父が怒りゃがってさ、

「バカじゃあないか、明日の朝早く起きて行って来い」

 とこういうわけさ。それじゃ行って来る。ていうわけで中村公園へ掘りに行ったわけだ。ところが親父も考えてみたところがこんなに朝暗いうちから肇を掘りに追い出したが懐中電灯も持って行きはせんしさ、掘ってこれるかしらん?と思ったんだろうな。そこで、しょうがないで親父は親父で自分で掘って来ようと思ったらしいんだ。

 そしておれはその秘密の場所へ行って暗いうちに一生懸命掘ってはミミズを箱に入れておった。そうすると、「ミシミシッ、ミシミシッ」て足音がするんだな、

「や、誰か来やがった、やらしいなあ」

と思って、俺はわりあい度胸が良いからおそがい(恐ろしい)とは思わなかったよ、けど、

「俺のこの大事なミミズの穴場を知ってるヤツがおる!」

と言う気が先に立ってさ、どいつかな?まず隠れておらなければしょうがないと思って隠れておったよ。そうしたら現れたのはうちの親父。(笑)

「なんだ、父ちゃん!」

「なんだ、肇じゃねぇか?」

「なんでおまえがここで掘っとるだ?」

「おれは、ここを見出して掘っとる」

「なんだ、俺も実はここでミミズ見出した」

てなもんだ、笑っちゃうよなァ。

 ほれからねェ、もう一ヶ所見つけたんだ、しまいには。今でもあるよ、あの加藤屋敷からなあちょっと東に行ったところになあ加藤清正の鎮守の神様ちゅうのがあって、そこにこーんな太い松が生えておるわ、それは言い伝えによると、加藤清正がその朝鮮征伐に行くときに、もう行ったら生きて帰れんだろうという記念に植えていった松でな、伊勢湾台風でそこらの松がひっくり返ったときにその松だけはひっくり返らなんだっちゅう松が何十本か残っておった。

 そのお宮のやっぱり松葉を捨てたところにミミズがおったんだよ。で俺は公園で味をしめたもんだでよ、とにかく落ち葉を捨てたところに行けばミミズがいると思って、その何神社っていったかちょっと記憶がないけどねェ、そこへ遊びに行って掘ってみたらおるわけだ。それでよく掘ってなあ、まあそれから餌は豊富なもんだ。そうしてよく釣りに行ったよ親父と。


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