父の釣り口伝

腕白たちの黄金時代 その4  盗み喰いのゆで卵

 そうかと思えばなぁ、あの時分は貧しいらぁ、鶏を飼っておる家がちょいちょいあったよ、今といっしょで。あのくまんど(注:肇の妻、ユキの実家)でも飼っておった。下の大家でも飼っておった、どうかなぁ二百羽ぐらい飼っておったんじゃないかなぁ。

 でおれがそこの家に遊びに行かまいかって与平兄ぃに言ったら、与平兄ぃが

「今日は行けん」

て言うもんで

「どうして?」

って聞くと、

「鶏の産んだ卵を拾い集めてきてきれいに拭いて出荷する支度をせんと遊びに行けん」

て言うもんで、それじゃあおれが手伝ってやるで早く卵採ってきて遊びに行かまいか(行こうよ)っていうわけで、おれも手伝って卵採ってきてよう、それで囲炉裏のそばで卵を拭いては詰めたんだ。それもなあ、今みたいにプラスチックのきれいなケースがあればいいんだけども昔は籾殻を敷き詰めて卵を詰めたんだよ。そうして二人で卵を出荷する支度をしておったわけだ。

 そこでおれが何の気なしに言ったわけだ、

「やい与平兄ぃん所じゃあ鶏をたくさん飼っておるでゆで卵を食えるでいいなぁ」

そう言ったら、与平兄ぃが

「ゆで卵って言うのは何だ?」

そう言ったでな。(笑)

--ふーん。

 いくら家で鶏飼ってるっていっても自分の家ではよっぽど割れたやつかなんかでないと食べられなかったんだな。割れた卵は味噌汁かなにかに入れて食べちゃうもんで、ゆで卵っていうものは知らなかったんだな。

「ゆで卵知らんだか?」

「知らん」

卵を茹でて食うんだって言ったら

「ほーう」

って言うんだよ与平兄ぃが。そこでまたおれがそそのかすだわ、これが。どうやればできるだって聞くもんで、そんなもの囲炉裏に掛かっている茶釜の中に入れればすぐできるって言ったんだ。そうしたら与平兄ぃが、

「一個ずつ、やらめぇか」

って言うわけだ。(笑)

 そこで一個ずつ卵を茶釜に入れて、長い箸でよう、ぐるぐるかき混ぜて、ゆで卵作って食べたんだ。そうしたら与平兄ぃがよう、こりゃうめぇって言うわけだ。

「もう一個やらめぇか」(笑)

 二人でなんしょ、三つか四つずつゆで卵食ったわけだ。だけどそこが子どもだだなぁ、卵のカラをさぁ、どっかへびちゃって(捨てて)おけば良かったのに、カラを囲炉裏の中へびちゃって、食い終わったんだ。

 カラを捨てておけば今日は鶏が卵産まなんだぐらいですんだのに、カラが囲炉裏にあるもんで誰がやっただってことになって、とうとう与平兄ぃが

「肇が言い出して二人で茹でて卵を食った」

そうしたら与平の家のおばあ、

「肇なんちゅうやつはろくなことを教えん小僧だで、これからうちへ来ちゃあ困る」

なんて言い出してさ。(笑)

--そんなに貧しかったのかなぁ?

 そうだったよ、それだもんでお前、お正月だったってなあ、その鶏を飼っておる家に行っちゃあよう、ちーとばかお金を出しちゃぁ、鶏を分けてもらってきて、ひねくって(つぶして)喰うぐらいがほんとにごちそうでさぁ、それも貧しい家では出来ないもんで、自分の家でコンニャク作ったり、豆腐をひいたりして、それがごちそうだっただぞ。ほんとに。それでさ、今みたいに知識が無いもんで、なんしろ鶏なんかつぶすっていうとみんな河原へ来ては鶏をつぶしたんだ。

 まあ昔は川もきれいだったもんでそりゃいいだけど。それで喰うこと知らんもんでモツだとかのはらわたを川へ捨てるだい。そうするとそのはらわたに真っ赤になるほど沢蟹が集まってくるんだ。それをこんどはまた蟹を捕まえてすりつぶしては鶏の餌にするんだ。貧しかったぞう、そりゃあ。

 そりゃあなぁ、ある時おれが名古屋から帰っていって、

「なあ、お前らアイスキャンデーっていうもの食ったことあるか?」

って聞くと、

「そりゃ何だぁ?」

って言うもんで、

「こういう短い棒へなぁ、赤や青の甘い氷がなあ、くっついておって冷たくて甘くてうまいだい」

そうするとみんなが言うだい、

「肇の小僧、名古屋へ行って来たなんて思ってウソをこきゃがる(言いやがる)」

「どうして?」

「この暑いのに氷なんかあるわけねぇじゃねえか!」

「そんなこと言ったって名古屋じゃあ氷を作って売っとるだもんでしょうがねえじゃねえか」

「そんなもん出来るわけがねえ、冬じゃなけりゃあ氷は出来ん!」

「いいや名古屋にはある」

そう言い合っとったら長兄ぃがよう、

「どうしても肇はウソをこくんだな」

「ウソだと思うなら今度おれと一緒に名古屋に連れて行ってもらってアイスキャンデー買ってもらって食えばいいじゃんか」

 そうは言ってもそんなチャンスはなかなか無いだわい。そういっとったらおじいがヘルニアになって、金玉こんなにふくらんじゃって。ほかってはおけんでおじいを名古屋へ連れて行って手術せにぁあいかんちゅうわけで、中村の日赤病院で手術をやっただい。

 そん時に長兄ぃを名古屋に連れて行ったらお前、電車から降りたと思ったらよう、

「やい、肇、キャンデーっちゅうもんがあるなら見してみよ」

そう言うんだ。それからおれがしょうがないもんでおばあちゃんに銭貰ってよう、キャンデー買ってさあ食えって言ったらよう、じーっと見てけつかってあんぐりと食いついてよう、

「ありょぉ、ほんとに氷だ!」

 そう言いやがってよう、おら今でも覚えとる。(笑)

 田舎の子どもなんてそんなもんだったんだ、ほんとに。田舎と都会の格差が激し過ぎたわいなぁ。


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