腕白たちの黄金時代 その5  おばあさんとラジオ

 そりゃそうだわい、当時の田舎の村なんてテレビも無けにゃあラジオも無い、新聞さえ取っておる家は無いんだから。情報が伝わって来んのだから。

 あの時分なぁ、古戸にはラジオが二台しか無かった。お医者様と、近江屋っていう家と。で、例の近江屋のカエルの嫌いなおじいさんの息子が富次郎っていう人で、その家にはラジオがあったんだ。

 そこでその人が考えただなぁ。そこのおばあがさんさあ、うちへ来て、うちのお滝おばあと茶飲み話をするわけだ。

「おい、お滝さよ、お前んとこじゃあラジオを買わんのか?」

「うん、買いたいだがのう、なかなか高いで買えんだい」

「あんなものは買わん方がいいぞよ.....」

 と、近江屋のおばあがそう言うだい、そのあとお前なんて言ったと思う?ちょっとお前らじゃあ考えがつかんわい、どうして買わん方がいいって言ったか。

「あんなものを買えば内緒話が出来ん」

 俺はおばあがおかしなことを言うなあと思って聞いておったよ。そうしたら息子の富次郎さんていう人が考えたんだな、そのおばあは気性がきついもんだい嫁といっつも口げんかしておっただい。そうしたら富次郎さんが、ラジオを買ってきてよう、おばあに言ったんだって、

「おばあ、このラジオっていうのは声を出してしゃべるらぁ」

「おお、しゃべるなあ」

「これはのう、俺の言うことしか聞かんのだ」

 きっと富次郎さんが、俺しかラジオにさわってはいかんと言っておいたんだろう。そうして近江屋のおばあが言うには、

「あの箱はおかしいぞう、あの中には男も女も入っておるようだが、富次郎がどこかさわると男がしゃべり、別のとこさわると女がしゃべる。(笑)

 それでな、うちの富次郎が言うには、おばあさんなぁ、俺の留守に嫁とけんかをしたり、嫁の悪口を言ったり、そういうことするとこのラジオがちゃんと聞いておって、俺が帰ってきてからここをいじるとラジオが俺にぜんぶ申し上げるようになっておるで、そういうことしちゃあいかん、と言うんだ。

あんなもなぁ油断も隙もあったもんじゃないでお滝さんは買っちゃあいかんよ」(笑)

--富次郎さんていう人は頭良かったんだね。

 おう、それは頭良かっただ。それで役場とか行っておる留守におばあが嫁とけんかばっかしておっただら。おら、おばあの話聞いておっておかしくておかしくて、でもそんなことは言えもせんしな、いくら子どもでも言っては悪いと思ったもんで。(笑)

 どうだやれ、俺が子どもの時分だもんで近々六十年前だわい、六十年前にはそんな程度だっただぞ。今じゃ世界中どこの奥地でもそんなことは無いだらぁ、はっきり言って。

 あの当時はねぇ、この辺の人たちは豊橋までも行ったことが無くて死ぬ人ばっかだったんだよ。


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