釣行日誌 故郷編

2003/01/25  少年の日の夕暮れ

 家から国道473号と257号とを経由して、設楽町名倉にある「戸神の池」フィッシングエリアに行く。林道を降りて行くと広い駐車場と管理棟が見えた。池自体は思っていたよりも広い。

 管理人さんにお話を伺うと、12、3年ほど前から計画し、実際に事業を始めたのは4年前からとのこと。内装・外装の趣味の良い管理棟、休憩所、トイレなど、かなり設備が整っていることに感心する。

 なにぶん住所確定無職の身では、入漁料4000円を払うことができず、休憩所前の高台から、皆さんが釣っているところを見学する。フライのお客さんが5人ほど、ルアーのお客さんが9人ほど。真冬の管理釣り場としてはなかなかの賑わいであろうか?

 屋外に設置されたテーブルに腰掛け、ファイトしている釣り人を双眼鏡で眺めつつ、今後の人生について考える。(笑)

 休憩所に入ってみると、豊田市から訪れたというご夫妻がニコニコと歓談してみえる。聞けば、どうしてもここを訪れてみたいというお孫さんを連れて10時頃にやってきたが、まだお孫さんは1尾も釣れていないと言う。眼下に、大人に混じって中学生くらいの少年が一生懸命ルアーを投げている。どうやら使っているルアーが軽いらしく、思 うように飛距離が出ていない。おじいさんに聞くと、朝からルアーをとっ替えひっ替えしているのだが、一度バラシがあっただけでさっぱり釣れる気配がないそうであった。気温こそ寒いものの、冬晴れの戸神の池は日だまりならポカポカと暖かく、どうやらフライの方に分があるらしかった。さっきから見ていても、ニンフを沈めて釣っている人の方が連続して、安定して釣っている。

 あたりをぐるりと回って写真を撮り、休憩所に戻ってみると、くだんの少年、トモ君が釣りをあきらめてとぼとぼとこちらに歩いてくる。せっかく来たのに1尾も釣れないのはかわいそうにと思い、お節介とは知りつつも、手持ちのルアーを見せてもらう。すると、イケそうなスピナーと小型スプーンがあったので、もう一がんばりしたら釣れるのではないかと思い、トモ君に

「どうだい、これなら釣れそうだから、おじさんともうちょっとやってみようか?」

 と訊ねると、

「ウン」

 と答えてくれた。ようし! と言うわけで、中学1年生と約40歳の中年がいそいそと池へ乗り込んで行くことになった。

 水車の回りでは、フライ釣りのおじさんたちがポツポツとヒットさせている。夕方が近くなり、魚の活性が上がってきたよう だ。水車周辺の岩陰には、食い気のある鱒が潜んでいるのでは?と、トモ君にアドバイスし、しつこく攻めてもらう。水車の流れから1メートル毎に右に向かってキャストし、5つから6つのカウントダウン。そしてリーリングを繰り返す。黒いボディに黒い羽のついたスピナーではどうもアタリが無かったので、早めにルアーを切り替え、金色の小さなスプーンに交換してもらう。水車の作る水流がざわめきを立てる辺りで鱒のモジリが見えた。意外と表層に食い気のあるヤツが居るのかと、トモ君に目指す方向と、カウントダウン無しで引くように教えてあげた。

 着水したルアーが引かれ、弛んでいたラインがピンと張り出す。リーリングの音だけが静かに響く。

「コクンッ」

「あっ!」

「おっ!」

 少年のロッドは大きく撓い、水面に刺さったラインが右に左に走り始める。バスをやっているというだけあって、トモ君の竿さばきは落ち着いたものである。40cm級のレインボーが、赤い頬も鮮やかに岸辺に寄せられる。彼のおじいさんが使っているのであろう、アユ釣り用のタモで落ち着いてすくい上げる。

「やったぁー!」

「おーし! やったなぁ!」

 ぶるぶると網の中の鱒が震え、その震えが少年の体を伝 わる。おそらく心にも。暴れる鱒の口から、おそるおそるフックを外し、タモを水に浸けると、鱒は静かに池の深みへと消えていった。

「おめでとう! 上手くファイトしたね!」

 彼の小さな手を両手で握り、上下に振る。私の方が嬉しかったのかも知れない。振り返ると、日だまりの高台で、トモ君のおじいさんとおばあさんが手を振ってくれた。

 彼は、今日の鱒を覚えていてくれるだろうか? いつか大人になって、何かに疲れたとき、今日の鱒の魚体の冷たさや、ぶるぶるの震えを思い出してくれるだろうか?

 私は忘れない。それほど私は嬉しかったのだ。

 この世に、魚を釣り上げた少年の微笑みほど輝かしいものはないのだから。

03/01/25

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