釣行日誌 NZ編  「5000マイルを越えて」

遥かなる大河

1997/01/16(THU)-1

 朝5時。旅行が始まって以来の睡眠不足が続いておりヨロヨロと起きあがると、すでにブリントが朝食の支度をしている。コーヒーを飲み、トーストとベーコンを食べ、釣具と荷物を彼のトラックに積み込む。

 ビルは起きてはいたがまだベッドの中であり、二人が今日の天気などについて相談している。忘れ物はないかチェックして、いざビッグリバーへと出発である。

車が走り出すとブリントが話しかけてきた。

「イトウさん、君のことを何て呼べばいいかい?」

「ゴウと呼んでください」

「GOか、それはいい」

 3日前のラフリバー行きのヘリポートまでは同じ道を通る。ロッジからアウトフローリバー沿いにスティルウォーターまで進み、そこから7号線を北西へ。1時間ほど走ったところから右折して谷間の狭い砂利道をブリントのトヨタはゆっくりと走る。彼の運転はとても慎重である。

 道中、すれ違う車のドライバーがみんな手を挙げてすれ違ってゆく。ニュージーランドの田舎の方では、スピードの速さを別にすると、みな良い運転マナーのようである。

 車中では、いろいろな四方山話が弾んだ。ブリントに、

「あの映画を見ましたか...」

 と尋ねると、

「River Runs Through It だろう」

 とすぐに答えが返ってきた。

「うーん、いい映画だったなぁ。あのキャスティングは美しかったよ」

 映画館で3回見て、この釣行の前に久しぶりにビデオで見直していたので、逆光の中でしなやかに伸びてゆくフライラインの姿がくっきりと思い浮かび上がった。

 深い森の中の林道を30分ほど走ると、車は広い牧場の入り口のゲートに出た。ブリントは車を降りてゲートを開けて牧場内の農道へ入り込んでゆく。白い瀟洒な邸宅の前のよく手入れされた庭に車が止まる。

 ドアを開けて格幅の良い牧場主が現れ、中に案内してくれた。牧場主のジョーンズさんと奥さんとに紹介される。落ちついた雰囲気の部屋の中は、見事な装飾品や絵画で飾られ、こんな暮らしもあるのだなぁと、いたく感心させられた。

 ジョーンズさんの話では、この1週間ほどは上流へ釣り人は入っていないそうで、大きな期待に胸は早くもふくらんでゆく。

 挨拶もそこそこに、再びトヨタは牧場を突っ切り、悪路の林道へと走りだす。古い製材所を通り過ぎてから空き地に車を止め、いよいよ出撃である。

 あたふたと支度を始めると、ブリントが

「あわてなくてもいいよ。きょうは丸一日あるんだから」

 と言う。彼は何事にも慎重でゆっくりと行動するのだ。

 ブリントの荷物は登山用の大きなリュックサックであり、4ピースのパックロッドケースと特大サイズのランディングネットがくくりつけられている。ネットのアルミフレームの輝きは、いたく私を安心させてくれた。

「車のキーは、このファーストエイドキットの容器に入れて、リュックの一番上のポケットに入れておくからな」

と言われる。万一彼に何かあったら、一人で帰れということである。どちらかというと、私にナニカある確率の方が高いのだが。

 支度を終えて立ち上がると、はるか眼下に広大なビッグリバーの河原が広がる。原生林の生い茂る山裾からなだらかに草地が続き、明確な区分は無いままに石だらけの広い河原へと続いている。河原の最も広い場所では、サッカーグラウンドが優に8面程はとれそうにだだっ広い。川の流れは力強く、静かな意志を秘めているようだ。遠くには岩肌の険しい山々の頂が聳えている。

遙かビッグリバーを見下ろして

「どうだい、この風景は!すばらしい場所だろう」

「そうですね。開高健という日本の小説家はこう書いていましたよ。『釣り人にとって川は参道であり、空と森とは大聖堂である』ってね」

「うーん、なるほど」

さて、出撃だ。


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