釣行日誌 NZ編  「その後で」

裸足のディーン

1999/12/15(WED)-4

 午後五時になった。しかし、南島の日暮れは遅いので、まだ日本の夏の二時頃のような暑さである。いつでも出かけられるように釣り支度を整えているとディーンが勤めから帰ってきた。

「さぁーて! スプリングクリークが待ってるぜ!」

 わっせわっせと一式の荷物を彼の白いハイラックスに運び込んで車で20分ほどの川を目指す。ディーンはつい最近CDデッキと二個のスピーカーを装着したらしく、何が聴きたい?と訊いてくる。

「うーん、何でもいいよ。好きなのかけて」

 彼にとってはビリー・ジョエルなんか化石に思えるだろうな...などと思っていると、ダッシュボードから取り出したCDケースには18+のステッカーが貼ってある。レッド・ホット・チリ・ペッパーズの歌う早口のラップミュージックの歌詞はまったく聞き取れないのだが、歌詞カードを見ると、

オレたちは○○○で、
○○○○のまま、
○○○○○○しながら
テレビのXファイルを見た......

 などと過激な単語が読みとれた。ディーンが気に入っているその歌を何度でもリプレイするので、車が止まっても○○○○の単語がアタマの中で鳴り響いている。

 さあ着いた。昨年はここで竿を納めた白い家の近くの橋である。準備万端整えて、いざ出陣!と意気込むと、ディーンはウェーディングシューズを履いていない。

「靴履かないのかい?」

「うーん、今日は暑いからこのほうがいいや」

 とはいえ水温はかなり冷たそうである。この川で育ったと言っても過言ではないディーンの奔放で大らかな、裸足の釣りである。

 さっそく橋の上から忍び見ると、ゆらゆらと水草のゆらめきとともに茶色の影が泳いでいる。

「先に釣ってもいい?」

「どーぞどーぞ」

「いーただきぃ......」

 彼がバックキャストに入った途端、例の影は上流へと逸走する。

「ちぇっ。 けっこうシビアだなぁ.....」

 ポジションが高いだけ、魚には見破られやすかったようである。付近にもう1尾いたのだが、イブニングの楽しみにとっておくこととし、近くの農場主さんの家に一言あいさつしてから柵を開け、農道を30分ほど歩いて下流に向かう。

 時々、路面上にはただのドロに混じって牛のウンチも混じっており、ディーンは文字通り、

「S**t!!」

 などと呟きながらも気にする様子はなく、裸足でずいずいと歩いて行く。

「ゴウはさぁ、こっちで就職するんだろ?」

「ああ、大学卒業したら職を探すよ」

「ボクがいい仕事紹介してあげるよ。 制服は綺麗だし帽子はカワイイし、職場は清潔だし」

「どんな仕事なんだい?」

「なぁーに、簡単さ。 電話をとって、『ご注文はなんでございましょうか? はい、ビッグマックのスペシャルセットを3ヶ、ドリンクはなんに致しましょう?』 てな感じで訊けばいいだけさ。英語の勉強になるぜ」

「うわはははっ」

 彼の話では、時給の安さと接客マニュアルの厳しさは、さすが世界標準のマクダーナルド、ご当地でも同様らしかった。

 などとバカ話をしているうちに、農道から川沿いの藪漕ぎが始まり、見覚えのある淵の上流で川を渡ることになった。いきなりジャブジャブと渡り始めるディーンを見て、

『ふふふ、まだまだ若いな...』

 などとほくそ笑む。

 下流域では一番の大淵まで来たのだが、川沿いの岸辺の草むらに人の歩いた跡がある。

「ははぁ、誰か一昨日ぐらいに来てるなぁ.....」

 それより下流は足跡が続いていたため、上流に釣り上がることとする。

「いいかい、1尾交代で釣っていこう」

「ああ、いいよ。望むところだ」

 やや風が強いものの、水面がさざめくほどではなく、なんとか魚影を確認できそうである。ウェストランドでのパイロットフライとも言える小さめのロイヤルウルフを結び、二人で鱒の影を探しながら遡行する。大淵の上手はだんだらの広いトロ瀬になっており、上流端は柳で覆われている。

「あそこの柳の下をやってみな」

 うーん、左利きに有利な左岸側に立っているとはいえ、ちょっと距離が遠いのだが、がんばってキャストを始める。藻の際、柳の枝の陰、流れ出しのど真ん中などを攻めるが反応はない。

「ここなら1尾いてもいいんだけどなぁ.....」

 不思議そうに呟くディーンは、何気なく対岸の草むらの手前にフライを落とし、何度もメンディングを繰り返しながら10mほども自然にフライを流し、下手の淵のアタマまで歩み下って行く。

『むむむ、若いのにさすが.....』

 などと恐れ入る。

 昨年、ディーンと川本君が匍匐前進で攻めた藪の下の淵には魚影は無く、再び川を渡る。渡ったすぐ上で、彼が鱒を見つけた。

「今度はどうだ?」

 距離は短いのだが、折から風が強まり、ほんの6mのキャストが難しくなってきた。びゅうびゅうと牧場を吹き渡る風は、ディーンのドライフライを遠慮なく押し戻す。

『うーむ、苦労させられるな、今日の風には.....あれ?』

 彼が攻めている淀みの上流側、約10mほどの水中に、藻のユラユラではなさそうな、川底よりも少しだけ色の濃いユラユラが見えた。帽子を目深に被り直し、注意深く見ていると、ユラユラは時折フワリと水面に浮上してくる。

『よぉーし、今日の1尾目....』

 などと勢い込んだものの、人のキャストを見ているときより数倍強くなったような風が鯉のぼりのように私のラインとフライを持ち上げてしまい、前方へキャストするどころではない。うんうんと気張っているうちにリーダーが後方の草に絡まりつく。はやる気持ちを抑えながら慎重にフライを草からほどき、再度水面を見つめると、一連のドタバタに気づいた鱒はいつのまにか消えていた。

『うーん、この川でこの強風下、あの臆病な鱒を釣れたら自分をホメてやってもいいな......』

 ディーンも彼の見つけた鱒を釣ることができなかったらしく、再び遡行が始まる。


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