父の釣り口伝

肇の魚釣り初め その2  古戸(ふっと)の雑魚釣り

 さあそれから古戸へ帰ってきてからも魚釣りだわなあ。もちろん。ほいで今言うたちだよ、あの、竹の竿だわ、んで、あの当時ねェ、一口に言ってみんな貧しいだわな、銭ありゃへん。テグスなんちゅうもんは買えりゃあへん。ほいであの時分ねェ、そのォ本当のテグスちゅうのはおまえら知らんかしらんが、白髪太郎という毛虫がおるだ。で、それは文字どおり白髪太郎で、太さが俺の人差し指ぐらいで長さがそうだなァ大きいやつは十センチぐらいあるかなァ。でそれに白い毛が五センチぐらい生えとるんだ。ふわーっと。木に発生すると「なんだっ!?」ちゅうぐらい、それがねえ、どうかすると異常発生するわけだ、そして栗の木の葉を喰うだ。すると木がまいっちゃう。

 その白髪太郎という虫を取らまえて腹を断ち割ると、お蚕さんといっしょで腹からネバネバのものが出るんだけどもそれが糸になるわけだ。それのこっちとそっちをこうやって探っておって、思い切ってこうピッとこう引くんだよ。そうすると、シューッとこう伸びて糸ができるわけだ。それをすぐなァ大きなお皿へ酢が入れてあってな、酢の中へふてる(浸す)だ。それを何本か作って、こんどはねえ、何板とかいったなァあれ、真鍮のねえ薄いこんな紙みたいな板があって、それに穴が開いとるんだよ、それに通すんだ。で通してこうやってぎゅーっとこうやって引くと、丸く削れるわけよ。

--ふーん。

 で、こんだァまた一段細い穴へ通していって希望の太さに削るわけだ。

--ほーう!

 そいつを酢へふてて(浸して)こんだァ硬化したところで水洗いをして、それをこれっぱかしかないから(一メートルほど手を広げ)何本か、こう、繋ぐんだよ。そりゃ強くていいんだ。

 ところォが今のナイロンと違って、そのォ釣りに行った後はきれいな水で洗って、糸巻きからほどいて干さなけりゃいかんわけだ。湿らかいておくと簡単に言やぁもせて(劣化して)しまう。で、特に海なんかへ行くと塩気があるらァ非常にそのまあ弱かったわけじゃ。そういう面では。

 ところが、何とか言う人が、その人造テグスちゅうものを発明したわけだ。それは、お蚕さんから出た絹糸を何本かより合わせて、それへある種のものをコーティングしたわけだよ。それが出来て流行って売りが出て、それのねえ、今で言うと太さで零コンマ何なんちゅう糸はなかったなァ、一号くらいか、一番細いので。それが、二間半だから四メートル五十センチか、その長さで、うーん、当時の俺が物心付いて買う時分に三銭、三銭ちゅうことは一円の百分の三、その三銭が無えンだよみんな、なあ。ほれだからそう言っちゃあ悪いが貧乏人の家の子は買えんだ。そうすると、

「やい、おまえ銭はねえか?」

「おれ、一銭持っておる」

「おまえは?」

「おれ、持っておらん」

「おまえは?」

「おれ、持っとる」

「それじゃあ、おれ一銭持っておるで、三人でテグスを買おう」

 と、こうなるわけよ。で、三人で買うと、四メートル半買える。すると今にねェしゃれた糸巻きに卷いちゃあないわけよ、そのテグスをねェ、直径十センチぐらいのこう、輪にしてあるところをキュッと縛ってそれで売っとる。それをほどいて伸ばいて(伸ばして)四メートル半のテグスを三人で分けるわけだ。それを自分個人でまた半分くらいに切って、七十五センチぐらいのテグスを取って、そこからこっちはおかあちゃんの針箱からみんな木綿糸を盗んでくるわけだよ。

--ふーん。

 で、その木綿糸も、今じゃあ体裁もいいし、太さもそろっておるし、きれいな白いさらした真っ白い木綿糸だけども、当時の木綿糸っていうのはさらしてないもんだから色が黄色いような木綿糸でさ、色も黄色いし、太さも太いんだよ、で、針だって太い針でなきゃ通らんぐらいだったけど、ただし強いんだ。いまの木綿糸なんかそんなもの手で引きゃあプツンて切れちゃうけど。

 それを持ってきてテグスへつないで、こんだァ針だ。針がねえ、一銭買って五、六本あったかなあ。それはまた、みんな買って、大事に持っておるわけだ。それを、こう、しばって、で、川へ行くわけよ。

 ほいでどこの竹薮だってかまったことはねェ、竹を切ってさァ、どうにかこうにか枝を払って、糸を縛り付けて釣るわけだ。ところが俺はまァ、親父が名古屋におるし魚釣りが好きだから、今の布袋竹、知っとるら、あの布袋竹でねえ昔は、そのォ延べ竿ちゅうもんを売っておっただ。ずーとこう延べた竿で、ほいでねェ、布袋竹ちゅうものは二間半ぐらいあったよ。普通はねェ、布袋竹の竿ちゅうとまあまあ十尺から七~八尺のもんだだ。で、太さがこのぐらい、人差し指ぐらいで、根っこがこぶになってこんなになっておるら、で、ぴーんと延ばいたやつを、当時の金でなァ買うのになあ七尺ぐらいの長さで五銭だったな。

--ふーん。五銭か。

で、一番長い二間半ぐらいのいいやつで、十二~十三銭しておったかな。

--そうしてみるとテグスは高かったね。

 高かったよ。その延べ竿を親父がなんとかかんとか電車に乗せて古戸へ持ってきてくれて、でおれは釣るわけだ。ほれだから、長さが七、八尺の延べ竿で古戸の川で釣るわけだ。で、みんなは今言うたちで、おっかあの木綿糸と75センチのテグスを先に繋いで針を付けて釣ると。ほいで俺はまあ親父がくれるもんで全部テグスを使っておった。

 それで川へ行くんだが、まァ当時そんなもの、みんな釣りたいんだけども、貧しいもんだで、もう小学校の三年生ぐらいになると、妹や弟の子守をせんならんわけだ。おかあちゃん忙しいだもんだで。そうすると川へ何か行っちゃあおれんわけだ。とにかくかにかく目を盗んでは釣ったり。

 昔はなァ日曜日だ土曜日だなんてやかましく言やぁせなんだもんだで、そのお、もんぴちゅうもんがあるんだ。どういう字を書くのか知らんが。家紋の紋ちゅう字あるら、その紋に日だと思うが、結局日にいわくが付いておるわけだ。今日は弘法様の日だとか。そういう日はなんとかかんとか、子どもは遊ばせてもらえるもんだから、みんな遊ぶわけだ。それで、夏になると、そのォ祇園祭だとかいって遊ぶ日があるわけだ。で、そういう日にみんなで集まって雑魚釣るわけだ。また釣れるんだなァ今と違って。

--赤ブトが?(赤ブト=カワムツの雄のこと)

 おーう、おるんだよ。だれも釣りはせんし。だいたい大人が魚釣る、なんちゅう者は絶対おらん、というような時代だからなあ。そんなして遊んでおっては食えりゃぁへんもんだで。

 ほいで、釣るんだけども、さあその餌なんだよ。

--うーん。

 ほうすると、まぁエモ(クロカワムシ)を採るわけだ。ところォがそのエモをとるのがそのォ、なんちゅうの、ずくをこくだな、ここの方言で言うと。(ずくをこく=手間を惜しむこと)

 なんとか手軽な餌はないかちゅうわけだけど、今みたいにミミズはおりゃぁせんしせるもんで、お母ちゃんの蚕室へ行っておかいこ(蚕)を盗むわけだ。そいで、あのォおまえもおかいこ飼ったことあるで知っておるんだが、おかいこの糞を取ったりしておもてへほかり出す(投げ出す)と、びれっこ(小さい)おかいこおるじゃないか、それを持ってけと言うんだわ、子どもの親は。

 だけどそんなものあらけて(探して)拾っておるのはやたい(いやな)もんだで、お母ちゃん桑摘みに畑へ行った隙にみんな蚕室へ入っちゃあさァ、いいやつを盗むんだ。

 で、今言ったようにそのいかに貧しいかってなァ、魚を釣るなあ餌を入れるのに、缶詰の缶でもありゃいいんだけども、缶詰なんちゅう物は古戸の近所どこの家にもありゃあせんのだよ。

 で、入れ物無えもんだからこんだあ今ならビニールの袋入れりゃあいいんだけどもそれも無えもんだよ、本当の話が。だからみんなポケットへ入れるんだよ、おかいこを。それで釣りに行くんだよ。ほいで釣る。

 そうするとねェ、魚を食べちゃうんだな、ありゃあ蛋白源なんだから。そいで、川で腹ァかいでさ(はらわたをだして)、例の肥後守を出して腹ァかいで、家へ持ってきて。そうすると親がみな串を作ってあるもんで、串に刺して。ほいで年がら年中囲炉裏があるんだよ、座敷の真ん中に。その囲炉裏で炙ってさ。

 そいですぐは喰わせてくれねえんだよ。それが何十串かたまると、今で言う茶漬け、甘辛く煮付けてな。でまあ喰うわけだ。ところォが、ポケットに入れたおかいこが全部使ってしまやぁいいけども、残っておるら。それが這んで上がって来て胸のポケット辺りにいるわけだ。すると親父やお袋が、

「小僧!またその良いおかいこを出しやがったな!」(笑)

ゴツンとげんこつが来るというわけだ。あっはっはっは!


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