父の釣り口伝

肇の魚釣り初め その14  フォードで行った篠島のタイ釣り

--篠島の漁師さんと魚釣っとった頃の話は?

 あーそれはねぇ、親父が会社のなんとかいう重役さんが魚釣り好きでさ、篠島の方へ行くわけだ。で重役さんお金あるもんで、まぁそりゃ親父もいくらかお金出したんだろうけど、篠島の船頭さんと契約するわけだ。そいで一月に二回行きますと。ね、そうするとその船頭さんが、餌を支度してくれるわけだ。で、前の晩から行くから、その家へ泊まってだよ、朝から釣って晩に師崎の港へ着けてもらって、そうして家へ帰って来るっちゅうわけだ。

--釣った魚は持ってくるの?

 おう、魚は船頭さん釣ったのもくれるわけだ。それがどうだお前、月に二回行ってだよ、泊めてもらってそれで釣ってお前、いくらだったなぁ、八円幾らか、なぁ。人件費安かっただぞ。

--いまならどうだ、八万円。

 まぁそうだ、八万円だな。ほいでねぇ、なぜ行けたかっちゅうと、親父ン達はフォードだら、会社に車があるら、それで師崎まで行っちゃうわけだよ。

--たいしたもんだなぁ。

 おう、で電車はさあ、当時も名鉄あったけど、河和までしか行っちゃあおらんら。ほいで船だってエンジンで来るんじゃねぇ手漕ぎで来るんだもんで。とてもじゃねぇそんなとこまで来れんだもんで。だからずーっと師崎まで自動車で行って、

--師崎~篠島間、どのくらいで漕いだの?

 そうだなぁ、それでも三十~四十分ぐらい漕いだんじゃあない。師崎から篠島は見えとるけどもなあ。

 それでなぁおれ戦後初めて篠島へ行ったときにびっくりしちゃったぞ、なにもかも良くなっとって。あの当時の漁師町なんてそんなこと言っちゃあご無礼だけども貧乏を絵に描いたようなもんだった。波止場だなんて言って体裁はいいだけど、松の丸太をさ五、六本打ち並べてさ、それに厚板釘で打ちつけただけの港だもん。

 ほいで親父におれも連れてけ連れてけって言うだ。てことは、餌のこんな小さな色の黒い藻エビを、あれが今言う田んぼへ水を引く水路の中の藻があるらぁ、その藻の中をなぁ、手網でぐいーっとすくうと、エビが捕れるわけ。それを何十尾か捕ってきて生かしておけって言うわけだ、親父が。で、エビを生かしておくとそれを持って親父が釣りに行くわけだ。で、おれが

「餌ぁ捕ってきただもんだいおれも連れてけ」

「子どもはダメだ」

 って言う。いっぺんきり連れて行ってもらった、おれ。それで親父ン達がその船頭さんと船に乗って出て行っちゃう。おれがそこに竿一本もらって置いて行かれて。でその船頭さんとこに高等科ぐらいのお兄ちゃんがおったわい。でその兄ちゃんがおれを守りするっちゅうわけだ。で、その例の板打ち込んだ波止場でさ、釣れっていうわけだ。それがどうだ、こんな三十センチぐらいあるタイが喰っついて、どえれえ引っ張るわなぁ、

「にいちゃん、えれぇこった、何か喰っついた」

「おお、そりゃえれぇこっちゃ。とにかくがんばっておれ、おれがタモを持ってくる!」

 なんちゅうわけですくったら親父ンとうが釣ってきたタイよりおれの方がよっぽど大きかった。(笑)

--マダイでか?

いやクロダイ。でそん時に、そのにいちゃんが、

「おれ、家に行って来るで、危ないでチョロチョロしちゃぁいかんぞ。」

ってこう言うわけだ。

「どうして?」

「タコ捕ってやる」

「タコおるの?」

「おる」

「どこに?」

「そこにおる」

 それがなぁ、タコなんて保護色でわかりゃぁへんぞ。そう言われてみるとあの杭ン棒の所へ何かもよんもよんしとるような気がする。

「騒いじゃあいかん、騒いじゃあ逃げちゃう」

でそれからそのにいちゃんはわざわざ家までとんでいってなぁ銛持って来てよう、トーンッて突いてさ、それから上げたらでーかいタコでなぁ。魚おっただぞうあの時分にゃぁ。

 でタイこそ一尾しか釣れなんだけど、ベラだのヨドゴチだのあんなもなぁ入れ食いだったもん。それでお前クーラーが無いだらぁ、それで親父ン達は考えた。会社の大工さんになぁこんなでかい箱を作らせてさぁ、その箱を二重箱にするんだよ。で中はトタン、外は木の箱で。でトタンと木の箱の間が七、八センチあって、それへオガ粉をなぁカンカンに詰めちゃって、そうしてオガ粉が出んように木で蓋をしちゃって、

--断熱材だなぁ。

そうそう、あれでもけっこう持ったよ氷が。それを自動車へ積んでさ。

--氷買って行ったの?

そりゃあ師崎で漁師町だもんで氷あるもんだい入れて。それ蓋して、縛って自動車へ積み込んでさ。名古屋へ飛んでくるだいなぁ。そりゃぁ今みたいに走れんわい道が悪いだもんで。それでも帰ってきてもけっこう氷あったで。溶けずに。

--そん時に乗ったフォードの車っちゅうのは乗用車かん?

乗用車。T型フォードよりはちょっといいけど、前のこんなに張り出したベンツみたいな恰好になって、それでこういうフェンダーがあって、乗るところがステップあってなぁ、後ろにタイヤがこうなって付いて。

--四人乗りかん?

四人乗りだったろうなぁ。いまのどうだろう、スターレットぐらいか?あれよりまっと(もっと)小さく見えたわなぁ。

 それで魚釣りはとにかくやったよおれン達はなぁ。恵まれてもおったよまたなぁ。


父の釣り口伝   目次へ

サイトマップ

ホームへ

お問い合わせ

↑ TOP