完本 白いページ 開高健 著  潮出版社 刊

 2017年の1月に、茅ヶ崎の「開高健記念館」を訪れた際に、新幹線の車中で読んだのが、若かりし頃に買った文庫本「白いページ 1」だった。随筆の名手でもあったあの「小説家」の面目躍如と言える見事な文章が散りばめられており、続く2・3も読みたくなった。アマゾンで調べると、文庫本全てと単行本未収録作品を併録した「完本」があることを知って、中古本を速攻で購入した。146円という法外?な安さであった。全部で478ページもある分厚い本だが、個々の随筆は比較的短くまとめられているので、気合いを入れて全編突破完読するよりも、気の向いたときに手に取って、お好みのトピックを読んでいく方が楽しいかと思う。

 僕が入手した一冊は状態が良く、帯も付いていた。そこには、

決定版随筆集 変幻自在の日々とあくなき探求のなかで、豊穣な想像力を駆使した珠玉のエッセイ群は、生きる醍醐味を満喫させてくれる。単行本未収録作品340枚を併録。
著者の言葉:嘘でなければいえない真実というものが、いつもいつも、自身のなかで膿んだり、血をにじませたりしている“秘密”ばかりであるとはかぎらない。道でふとすれちがった女の眼や水のなかに閃めく魚の影にも、ときどき、そういうものがある。(「本文」より)

 と書かれている。

 それぞれの随筆は、全て動詞のタイトルが付けられており、飲む、食べる、続・食べる、困る、聞く、驚く、狂う、解放する、など全64編から成っている。雑誌「潮」に、昭和46年(1971年)から52年まで連載されたエッセイが集成されており、昭和53年6月、ちょうど僕が高専に入学した年に出版されている。「開高健記念館」で買って来た、「開高健の世界」という本の巻末にある略年表によれば、昭和46年(1971年)に開高さんは、2月に「フィッシュ・オン」を、10月に「夏の闇」を出版しているので、その生涯のうちでも、最も充実していた期間に、この本の随筆たちは連載されていたのではないかと思われる。

 冒頭の「飲む」という一編では、開高さんがしばしば取り上げていたスタインベックの短編小説、「朝食」及びもう一編についての感想が述べられている。その二編を小説家は絶品であると賞賛し、「この二編のような文章のうちの一行でも紙に書きとめられたらと、よく夜ふけに思いかえさせられる。」と記している。そこから話題は水を飲むことに展開し、開高さんが旅した様々な国での水の味について述べられてゆく。フランス、ドイツ、中国、ベトナム、と続き、昭和45年に小説「夏の闇」の執筆のために滞在した新潟県の銀山平での岩清水の話が出てくる。イワナ釣りの行き帰りに、岸壁から落ちてくる清水の飲み比べをして、どこの水をひいきにしようかと考える愉しみについて、実に楽しそうな筆致で書いてあり、読んでいるこちらもうれしくなってくる。僕も学生時代はイワナ釣りに夢中になって銀山平のあたりをほっつき歩いて山からの清水を飲んだりしていたので、氏の心持ちが良く分かるのである。

 この随筆集の中で取り上げられている題材は、非常に幅広いのだが、当然のことながら釣りに関する話題もたくさん出てくる。特に面白かったのは、タイトルもずばり、「釣る」という一編で、ある年に開高さんが群馬県の山中のとある湖で、「ハーリング」を試した時のことが書かれている。ボートに乗って膝でフライロッドを支え、フライラインを伸ばし、カジカを模して巻かれたフェザー・ミノーを結んでオールを漕ぎながら湖岸沿いに引っ張ると、ほとんど入れ食いと呼んでいい成果ををもたらし、野性のニジマスを何尾も釣り上げたことが、淡々と述べられている。しかし、その行間からは、微笑ましくもつつましい氏の喜びがあふれているのである。

 開高さんと言えばルアーフィッシングの開祖の一人として有名なのだが、晩年の1998年にスコットランドを訪れ、フライでの鮭釣りに挑んだことはテレビで見て知っていた。しかし、おそらくはルアーフィッシングを始めた初期の頃に、フライロッドを使ってハーリングを行っていたことに驚かされた。その時開高さんが、どんなフライロッドを使い、どんなフライラインを選んだかを想像すると、実に興味深い。上述のバカ当たりが、ある年の9月末の出来事だったので、次の年の6月にもう一度去年のフライでハーリングを試したところ、さっぱりダメだったと書いてある。そこで今度はルアーロッドに持ち替えて、あれこれと秘術を繰り出して攻めてみたものの、やはり釣れなかったようだ。

 この「釣る」という一編の最後は、こう締めくくられている。

 「おまけにわが国の淡水にはルアー向きの肉食魚の種類がそう多くはないとくる。では、どうするか。シコシコとはたらき、ケチケチと貯めこみ、狂乱物価でそれをフッとばされてもあきらめずに、ふたたびシコシコケチケチに没頭し、そのあげく、ある日決然と顔をあげて、カナダかニュージーランドへでかけるのである。そして、異国の川岸にたって、ふるさとは遠きにありて想うもの、とつぶやくのである。」
2018/04/06

こちらの記事 逢えなかった人へ  開高健記念館を訪ねて もどうぞ。


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