釣行日誌 NZ編

真冬のセント・ヘリアーズにて体長168cmのイトウを釣ること

99/07/09(FRI)

 木曜日の夜にはいつも医療ドキュメンタリー番組をやっているのだが、生々しい手術シーンがどうにも凄い迫力なので、見ないことにしている。「ER」とかもけっこう凄いシーンがあるのでこれも見ないようにしている。

 金曜日の朝のあまりの晴天と、潮の時間が良かったこと、そして買ったばかりのフライロッドがうれしくて学校の帰りにバスでおなじみの浜辺にやってきた。金曜日の午後とはいえ、今は学校が冬休みに入っているので親子連れの姿もある。みんな思い思いに竿を出している。

 今日はちょっと違う場所に行ってみようと思い、少し離れたところの岩場に立ち、ロッドとリールをセットして、シンキングラインに重めのストリーマー銀+青色系を結ぶ。やや硬めの9ft6番ロッドは心地よくラインを送り出してゆく。

 ビシッ!

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 ようやく事態が呑み込めた。私の左の耳たぶに6番のゴツいフライフックが見事に突き刺さっているのである。あいにくアゴはつぶしていないので、どうにも抜ける気配がない。

『うーん、厄介なことになったなぁ。近くに病院はあるかなぁ? 家に帰ってホストファミリーに心配掛けたくないし、救急車は大げさだし....』

 幸いなことに出血は無く、痛みもほとんどないのでとりあえずリーダーを切り、向こうの岩場で釣っている人に頼んでフックをプライヤーで切ってもらうことにする。

「すみません、ちょっと手伝ってもらえますか?」

 人の良さそうな中国人のおじさんに、フックのアゴをつぶせば楽に抜けるからどうかそうしてほしい頼むと、耳たぶから針先が出ていないから無理だと言われる。恐る恐るさわってみると、確かに針先は貫通しておらず、しっかりと耳朶に食い込んでいる。さりとて自分で針先が出るまでフックを押し込んで貫通させる気にはなれない。

「これはヒドイ傷になるから、あなた医者に行った方がいいよ」

 と、親切なアドバイスをいただいたが、そのままではヒカリもんのストリーマーがあまりにも目立ちそうで、浜に面した道路沿いのカフェテリアの前を歩いて行くのが気が引けたので、とりあえず自分でフックを切断することにした。

 もぞもぞと自分の手で耳のあたりをまさぐり、マルチツールのペンチでフックのシャンクの中間あたりをバチッと切り落とす。やったことのある人はおわかりでしょうが、鏡がないとけっこう難しいですこれが。(笑)

 なんとか痛みのないように上手に切れたので、一息ついているとすぐ上の階段で散歩に来たご婦人が一部始終を見ていたようで、

「なんという乱暴なことをする人かしら??」

 というまなざしに直射されて赤面する。

 洒落たレストランやカフェで午後のお茶を楽しむ人々の視線を耳のあたりに感じつつ、どこが医者なのか病院なのかわからなかったので、まず目に付いた歯医者さんの受付にづかづかと上がってゆき、受付の女性に、

「すみません、ちょっとおたずねしますが、ここら辺に病院はありますか?」

「ええ、ウチは歯医者ですけど」

「あ、そうじゃなくて外科医さんのいるところがいいんですけど」

「あー、外科医ならすぐ近くに病院があるわよ。この先のね....あ、いまメモに地図を書いてあげるわ」

 ありがたくも親切な案内に従って一本先の角を曲がると、セントヘリアーズ医療センターの看板を見つけたので、公共の病院ならまぁ安心だろうと中に入り、受付の女性に診察を依頼する。

「すみません、ちょっと見ていただきたいんですけど」

「あら、どうしたの? 急患?」

「ええ、ちょっと問題がありまして。自分の耳を釣っちゃったんです」

「あーらまぁ、きれいなフライね。外さずにそのままにしておいた方がお洒落だわよ」

「いやぁ、ピアスはちょっと.....」

 などというやりとりのあと、5分もしたら先生の手があくそうなので、待合室で待つように言われる。部屋中の人々の視線が不幸で間抜けな男の耳に集まる。となりに座ったおじさんが、

「大きいのを釣ったなァ」

 と声をかけてくれた。英語の勉強になりますね。(笑)

 大きな目と額の、がっしりとした体格の先生が来て、処置室に入るように言われる。ベッドが一つのこぢんまりとした部屋で、とりあえず傷を観察した先生は、

「うーん、こりゃぁ、ちょっとした手術が必要だな」

 と言ったあと、

「君としては、もう少しキャスティングの練習が必要だな」

 と、おっしゃった。おっしゃる通りです。

 いよいよベッドに上がるように指示されたので、こわごわと靴を脱いで横になる。先生が麻酔の注射をするのでちょっと痛いよと言う。2回チクッとしたので、傷の両側に注射をしたようである。今度は看護婦さんが来て、フックの軸に残っているフライマテリアルの残骸を取り除き始めた。

「あなた、自分で巻いたの? このフライ」

「ええ、自分で巻きました」

「何か、ワイヤーみたいなものを使った?」

「いいえ、フツウの絹糸です」

 鱒の国と言われるここNZでは、看護婦さんもスルドイ質問をするのであった。

 瞬間接着剤で固めていたので、看護婦さんも苦労していたのだが、なんとかフックの軸がきれいになったようだ。再び先生が来て、耳をいじって診断したのだが、やはり貫通させて外すのは難しいらしく、刺さった箇所を切開してフックを取り出すことにしたようだ。

「じゃ、これから手術をするからね」

 先生が手を洗い始め、看護婦さんが器具を消毒し始める。うーん、昨夜の医療ドキュメンタリーを見ておくべきだったか.....などとつじつまの合わない後悔をしていると、別の看護婦さんが来て、

「あなた、この前 tetanus の注射をしたのはいつ?」

 と聞かれる。うーん、テタナスとはなんぞや? まぁ状況からして破傷風のたぐいであろうとヤマをはり、覚えてないくらい昔です。と答える。

 いよいよ先生がメスを手にして私の耳と対峙したらしい。局所麻酔が効いたのかどうか知らないが、あまり痛くはない。しかし、なにやら耳たぶを切開しているような感触は伝わってくる。

『うーん、フックの先まではかなり深そうだな』

 先生と看護婦さんが手こずったあげく、数ミリは切開したような感触のあと、チクチクと二針縫ったところで約15分の手術が終わり、

「オーケイ、これで完了」

 と、先生がおっしゃり、看護婦さんが

「えらいえらい、これで終わりよ」

 とねぎらってくれた。ベッドに横たわってから50分ほど過ぎたようであった。

 先生が渡してくれた書類に必要事項を記入して提出する。それを端末に入力し終えた受付の女性が、抜糸にいつ来られるかと訊ねたので、月曜日の夕方来ますと答える。

「あなたこの週末はまた釣りに行くの?」

「えーっと、まだわかりませんけど....」

「このテのハプニングはよくあることだからめげちゃダメよ。週末を楽しみなさい」

と、励まされる。ありがたいお言葉である。ほっと安心の大きなため息をつき、みなさんにお礼を言って病院を後にする。

 先生が書いてくださった抗生物質の処方箋を持って近所のファーマシーに行き、錠剤を15ドルで買う。レシートを入力するときに、店員の女性が、

「あなたのファミリーネームは タケシ? それともイトウ?」

と訊ねたので、

「イトウ、アイ・ティー・オウ、  イトウです」

 と、答える。

 イトウを釣ったのは、真冬の中津川の管理釣り場以来、約2年ぶりである。

  

注1 イトウ:北海道に生息するサケ科の淡水魚。最大で1.5m~2mに達する。その昔、アイヌの人々はこの魚の皮で靴や服を作った。



今日の教訓は、

重いフライを投げるときは、リーダーは短めに。

帽子とサングラスは必ず着用のこと。

平日は学業に励むこと。

 ということでした。 ああ、オロカな日々よ。


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