父の釣り口伝

肇の魚釣り初め その5  竿が欲しくて賭け将棋

 そうこうしておるうちにこんだあ親父にもらった延べ竿一本じゃ面白くないわけだ。二本か三本こう並べてな、そうして釣りたいと。

 で、竿を買わなきゃいかん、と思っておったところが、おれが小学三年生から将棋を覚えたわけだ。それで親父相手にやっておってじきに強くなっちゃって。ほれで俺があの事件を起こしたのは四年生ぐらいの時だろう。あんないなかだもんで当時、タバコ屋が遠いわけだ。ほいでうちの大家さんの家は鼻緒屋さんだもんで、若い衆から女の衆まで大勢おって、下駄の鼻緒を作っておるわけだ。ほいでそこの人が、

「坊、坊」

と呼ぶ。

「なんだァ?」

「坊、いい子だになァ、すまんがおまえ自転車持っとるんだでタバコ買いに行って来てくれ」

 ちゅうわけだ。で、あの時分ねえ、今でもあるかどうかしらんがゴールデンバットちゅうタバコがあったんだ。それが七銭なんだわ。

--ふーん。七銭。

で、十銭もらって、七銭のタバコを買って返ってくると、三銭のおつりのうちの二銭はおじさんに返して、一銭は俺がもらえるちゅうわけだ。ところがおれはしこいもんで(抜け目が無いから)、一人に言われたもんでは行かないんだ。

「おじさんたち、どうせ俺行くだでついでにタバコ買って来る人おりゃせんか?」

 とこう言うと、じゃあ、俺も頼む、ちゅうことになって三人で三銭ぐらいもらえるら。そうやって金稼いだわけだよ。1銭買えばこんなあめ玉が五つ六つ買える時代だったから三銭ちゅうのは大金だったんだよ。そうして毎日三銭ぐらいづつ稼ぐと貯まってくる。おれは机の引き出しに入れておった。そのうちにこんだあその鼻緒屋のあんちゃんたち考えやがっただなあ、

「やいやい、坊、坊は将棋を知っておるちゅうじゃないか」

「おう、知っておるよ」

「おじさんたちもなあ、お昼にやるけど、こういうことやらまいか」

「なんだ?」

「お昼の休みにおじさんと将棋を指して、おじさんが買ったら、ただでタバコ買いに行ってこい」

と、向こうはなめておるわけだ。

「で、おじさんが負けたら、おつりの三銭全部やる」

 とこうきたわけだ。そいじゃやるべえ!ちゅうわけだ。いかんわなぁ、おじさんはい負けた、次のおじさんは?てなもんだ。こっちのほうが強いだもんで。(笑)

 たちまちのうちに一日に十銭も十二銭も稼ぐようになっちゃってさァ。そうすると向こうは子どもにやられたと思って、カッカくるわけだらぁ。やめりゃあいいのに自分がへぼい(弱い)ちゅうことがわからねえんだよ。明日は俺が負かしてやろうと思うもんだから、ほんと、ひと月ばかのうちにどえらい俺稼いだよ。

 で、机の引き出しに銭を入れておいた。そうするとある晩親父が起きてこいちゅうもんで起きていったら、

「こりゃ、なんだ!?」

「もらったよ」

「だれがこんなに銭くれた?」

なあ、そりゃおまえ何円ちゅうほど持っとったもんで、銭はバラ銭でも。親父は盗んできたと思ったんだな。ものすごい勢いでどえらい怒るだ。

「だれにもらった?まあいい、今夜はもう寝ろ。」

 ちゅうわけだ。親父は調べてみるつもりだっただ。それからこんどはあくる日になって、また飯を食ってから親父がどういうわけだ?っていうもんで俺は言っただよ。将棋を指しておれが勝ったら銭くれるちゅうもんでもらっただ、て言ったらいきなりバーン!とビンタ食らってさ、末恐ろしい小僧だっちゅうわけだ。ガキのくせに賭将棋しやがるって言って。

 そんなこたあ俺知らんわけだ、賭将棋だか何将棋だか勝ちゃあタバコ買ったおつりをみなくれるって言うもんでやっただけのもんで。

 で俺ゃあ張り倒されて泣く、それで隣のおじさんがやって来て、 「伊藤さん何やっとるだ?」  実はこの小僧がこれこれこういうわけだって言って、親父は家宝の刀をひっこ抜いてさ、

「こんな小僧は俺がたたっ斬ってしまう!」

 なんとこいて驚かしやがるもんだからおら泣くわなァほんとの話が。ほんと。そしたらとなりの孫三郎さんが、

「そんな、伊藤さん、そんなばかなこというもんじゃない。」

と、その人も鼻緒屋だもんで

「おれが行って事情を聞いてくるで」

 って行ったところがたしかにみんな将棋に負けたんだ、悪いことじゃあないって言ってくれたんだ。ところが親父はさ、 「そんなら話は分かったけども、こんな小僧将棋を指させておけばろくなことはせん。」

 て言ってこのぐらいの厚さのなあ、立派な足の付いた将棋盤を裏の方へ持ち出して斧で割っちまやぁがって。ほれだから俺の将棋っちゅうのはねえ、あの時以来強くなっとらんよ。だから俺あのまま将棋差しとったらもっとうんと強くなったと思う。あれからずーとやってねえんだもん、本格的に。


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