父の釣り口伝

腕白たちの黄金時代 その7  小学校のトマト

 そうかと思えばなぁ、今なあ、昔に戻ったんだよ。昔はなあ、古戸から本郷の方へ来るにはなあ、豊根の金越から本郷まで午前中一回、午後一回、バスが走っておった。どうだなぁ、いまのマイクロバスよりは小さかったなあ、ほんに7・8人乗りのバスがよう走っておるだい。

 それがなあ、みんなバス賃が惜しいっていうわけでみんな歩いたんだ。それだで今結局昔のようになっちゃっただい。それであの時分のバスはさ、おーい!おーい!なんて呼べばどこでも止まってくれるし、どこでも降ろしてくれただ。料金がどうなっとったかはおれは知らんけど。いまこの辺のバスはそうなっとるだら。昔に戻っちゃったんだ。

(注:現在豊橋鉄道が運行している東栄町内の路線バスはフリー昇降バスと言ってお客さんの希望の地点で昇降が可能である。)

 それでおれがその、電話をかけるっていうわけだ。お医者様の家に行っては名古屋へ電話かけたりするらぁ。ほうすると、お前、村のみんながよう、

「なんたら(何という)小僧ずら!電話かけるっちゅうぜ、あの中原の孫の小僧は!」

 なんて言うんだ。(笑)今じゃこんな小さな子どもでも電話かけるっていうのに。

 それとトマトの話もあったぞ。ある日おれが遊んでおるとな、学校の生徒が呼びに来りゃあがって、

「先生が来いって言った」

って言うもんで、何だしらん?と思って古戸の小学校の裏の所へ行ったんだ。すると生徒たちが先生の指導を受けて作ったトマトがたくさんなっておる。そうしたとこがさぁ、みんなだーれもトマトよう喰わん、ていうわけだ。それで当時の川根先生っていう下田の先生が、

「これはうまいもんだ」

って教えるだが、みんな喰わん。それでその様子をあの辺の年寄り衆が皆、見に来ておるだぞ。(笑)

 今日はトマトを収穫する日だから、なんて言って。

 そうしていたら、ある人が、

「先生、あの中原のおみなさんの所の孫は、名古屋へ行ったり来たりしておってしゃらくさいで、あの小僧なら喰うかもしれんで呼んでこまいか」

そう言ったんだと。それでその川根先生がおれにさ、聞くんだ。

「坊、坊。坊はこれが何か知っとるか?」

「そんなのトマトじゃねえか」

「ほう、喰ったことあるか?」

「あるよ」

「喰うか?」

「くれりゃあ喰うよ」(笑)

それからさ、トマトもらって洗って、塩を付けてもらってさ、あんぐりと喰ったらよう、見に来とったおばあさん達がなあ、袖を引き合って、

「おい、いやらしいなぁ!生の肉を食うようなのう。いやらしいなあ!」

 なんて言っとるんだ。それからおれと川根先生とでトマトを食べるんだけども、大人も子どももだーれも食べるって言い出す人はおらなんだ。

 それで先生もしょうないもんで、

「肇君なぁ、トマト食べれるならこれから毎日来て学校のトマト成っているやつ採って喰っていいぞ」

 そう言ってくれたからおれ毎日学校へ行ってトマト喰ったよ。(笑)

 それがどうだい、戦後になってここにおれ達が疎開してきて百姓やって喰うようになったら、中原のおばあが見に来て言うんだ。

「やい、トマト作っておるだか?」

「おばあ、どうだい食ってみるかい?」

「おーう、それじゃあひとーつだけ喰ってみるかなぁ」

なんて言って食べてなあ、そのうちに

「こりゃあうまい!、たんとつくって持ってきてくりょぉ(おくれ)」

なんて言うようになっただもんで。あれも食べつけりゃあ食えるんだよ。

 その川根先生も一昨年か、亡くなられたな。そりゃあほんにおばあさん達は生の肉を食うようだと思っただらぁよ。そりゃそうだわなぁ、だいたい肉っていうものをそんなに喰やぁへなんだだもんで。

--トマトの他には新しい作物って言うと何があっただん?

 あの当時なあ、トマト、サツマイモだなあ、あの当時古戸は寒いところだったもんで、サツマイモなんか出来んって言う頭だっただな、みんな。それを川根先生が農業学校出身だもんで、そんなこたぁ無い、出来るわけだって言って作り始めたんだ。サツマイモはみんな買って喰っとったもんで、先生が学校で採れたやつをやればみんなも食べたみたいなんだ。

 だがトマトは喰わんだいみんなも。それからスイカなあ、まず田舎じゃあ作るものは限定しておってほんとに大根に白菜、そんな物しか作っておらなんだ。それとナスなぁ、ほんに限られておったなぁ。

 キュウリは作っておったなあ、そのキュウリも今みたいにやさしいキュウリじゃない、こんな太いこんな腕みたいなキュウリでなあ。それをまた己典(注:みのりおじさん、肇の従兄弟)の小僧がキュウリが小さいうちから採って食べたいだいなぁ。

 するとおばあが、

「いかん!おばあがいいって言うまでは絶対採ってはいかん!」

そう言って怒るんだ。そうしたらお前、はざ(稲架のこと)に竹を持たせかけてキュウリを作ってあるんだけど、あの小僧はざの上に登りゃがってなぁ、蔓から下がっておるキュウリにあんぐり食いついたんだ。(笑)

それでおばあが怒って、

「この与太小僧!なんたらこんだ!」

「おら、キュウリ採りゃあへん!キュウリ喰ったぶんだ!」

そうこきゃぁがって。(笑)

 おれがこないだ巳典に会ったときにそのこと覚えておるかって聞いたら覚えとるっていっとった。(笑)あの小僧もしわい(腕白な)小僧でなあ。


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