父の釣り口伝

ウナギ釣りのこと その2  妹の京子を連れて

 さぁそれから考えてみたところが、ウナギはああいう所におるかってなもんだなぁ。それで覚えて釣り始めたところが、どういうわけだろう?あの時分は今みたいに畑に大きなミミズっていうのがおらなんだでなぁ。だから山ミミズを捕りにいくより他ないんだわなぁ。それもなかなか子供では捕れないもんで、結局そんなウナギ釣りなんてものはあの当時はやらんし、夏休み過ぎれば名古屋へ帰っちゃうもんでやらんでおった。

 それからなんだわい、また来年の夏休みに来るとみんなアユを捕っておるもんで、そのアユを餌にしては釣るんだけど、今みたいに上手じゃないもんで、二日にいっぺんか、三日にいっぺんぐらいは釣っちゃあおっただよ。

 そうしたところが柿野に越して来て住むようになってから、ここで一番最初に釣ったのは戦争負けてからのことで、京子があれが昭和十九年の暮れに生まれておるんだが、京子がヨチヨチ歩いて喋れるくらいだった。それが予防注射があるで子供を連れて来いっていうわけだ。けど、おばあちゃんは忙しくてしょうがないもんで、肇がおぶって行って来いっていうことで出掛けたんだが、俺は面白くないわなぁただ子供おぶって行くのは。

 それからよう、ウナギ釣りの道具を持ってさぁ、中設楽の今の診療所。あそこに横井先生っていう医者がおって、子供の予防注射するっていうことで。それから俺がミミズがおらんもんで、マエの竹薮あるら、あそこ行って土を掘じくったらようミミズが出てさ、よしよしっちゅうわけで。

 それで京子連れてって注射してから帰りに、今のマァタレ淵、鶺鴒橋の上流のカーブしたところ。あの淵のアタマの所へ行ったらいい穴があってよう。その時釣ったウナギが大きかったんだよ。こんな湯飲みほどあった。とにかく京子が岸の砂浜で遊んでおる、そこへ俺がウナギをずり出して行ってよぉ、篭も何も無ぇだもんで。しょうがないってんで浜にほうり上げたらよう、京子が恐がい(おそがい:恐ろしい)って言って泣いただもんで。

 そうしてとにかく捕まえて、それから桑摘み篭に入れて京子をおぶって帰ろうと思ったら、中設楽になぁ幾松さんていう面白いおじいさんがおってなあ。仕事もせんで遊んでおるご隠居さんなんだが、その人が一部始終を見ておって、

「やい小僧」

「なにぃ?」

「そのウナギ、俺の酒の肴にするで売ってくれ」

 って言うわけよ。俺はいやだって言ったらさ、五円で売れっちゅうわけ。五円じゃやだ。七円では?七円でもいやだ。そうしてとうとう十円まで値を上げたんだが俺がいやだって言うもんでご隠居もあきらめて。(笑)

 それから家にウナギ持ってきたんだ。さあそうしたところが太すぎて俺達じゃあ手に負えんわけだ。しょうがねぇもんでその桑摘み篭を担いでまたテクテクテクテクと本郷まで歩いて行ってさぁ。本郷におる文三おじいちゃんの兄貴、順兄ィ様っていったんだけど、山五のおじさんに見せて実はこれこれこういうわけだがさばいてくれんかって頼んだら、

「おお、いいやつを釣ったじゃねぇか」

って言うわけだ。なぁ。そうしてさばいてもらったんだ。あいつは旨かったァ。それに太かったぞ、湯飲みほどもあったもん。そーれからやぁ行ったの行かんの。

 またあの時分にはおったぜウナギが。百姓やっとってなぁ、夏の日だもんで六時半かそのぐらいにミミズ見出して川へ降りて行けば1尾や2尾はどこへ行かんでもいいだ、あの明治橋の下の辺へ行きさえすりゃあどっかの石におったもの。よう釣ったなあ。

--その頃竿はどうしてたの?  竿なんか竹ン棒でいいだもん。あんなもなぁ、クジラの髭なんか無くてもいいだもん。とにかくミミズを刺してウナギの穴に入れればいいだもんで。釣った釣ったまぁ。


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