父の釣り口伝

ウナギ釣りのこと その3  必殺の毒バリを覚える

 あっ。ちょっと話が前後したなぁ。その時にはすでに毒鉤で釣ってたんだ。

 その前にだ、俺がウナギ釣りたいでって山五のおじさんに言ったら、苦労して道具を作ってくれたわけだ。ところがおじさんはどえらい名人だったもんで、こういう鈎鉤をクジラの髭に付けてじかにこの、キュッとやって釣る道具を作ってくれただよ。

 ほいで今の明治橋のアタマの、倉淵さんの家の裏へ行って、あの時分にはウナギがおっただなぁ、行ってひょいっと差し出したらすぐ喰っついたわけよ。それもええかげん大きかったよ。ところがそれが素人の浅ましさで、これがウナギの胴を持てんだなぁ。あたけちゃって(暴れてしまって)。とうとう持った時分にゃあグターンとあたけられて、口に掛かっておったハリがはずれて逃げられちゃった。

 アッタマに来ちゃってさぁ。弱ったなぁと思ったところぉが。元の戦橋、お前は覚えがないだろうな。

--あるよ。あの下流に架かっておる橋だら。

 あるかなぁ。それを渡った向こう側になぁ、おじいさんが篭屋さんをやっとっただ。そこへ俺が、ウナギ篭を頼んであったんだ、桑摘み篭じゃ蓋が無くてウナギが逃げちゃうもんで。それで倉淵さんとこの裏で逃げられた後にアタマに来てその足でおじいさんとこへ行ったわけ。

「おじいさん。篭まんだ出来とらんか?」

「ばかにお前はウナギ篭ウナギ篭って言うが、いったいどこの坊だ?」

「柿野の伊藤って家だ」

「ほうか、柿野にそんな坊がおるか?」

「引っ越してきた」

「どっから?」

 なかなかあのおじいさん話が好きだもんでだんだんしゃべっておって、本郷の山五の親戚だって言ったらおじいさん急に態度が変わっちゃってさぁ。そりゃそりゃって言うから俺は何だいなぁと思っていたら、

「俺は実は、お前らのおじいさんの、五十五郎っていう人にどえらい世話になっておる」

って言うんだ。どうしてって聞くと、

 「昔俺が困ってしまって、おじいさんに十円を借りた事があるが、なかなか返せなくておっていつも断りを言っておったんだ。だが五十五郎さんはその度に『いつでも返せる時に持ってこいよ』なんて言ってくれておっただがさ、とうとう山五があんなふうになっちゃったもんだい俺はその十円を借り倒しちゃってあるんだ」

 って言うわけよ。簡単に言えば。それだで坊のウナギ篭は他の仕事やめても明日から作るって言うわけよ。

 それから家へ帰ってきて親父にそう言ったら、

「そりゃあ五十五郎おじいちゃんはそういう人だったで、そんなこともあったかもしれんよ」

 なんて言ってたけどな。

 そうして二、三日たってから篭屋さんへ行ったらさぁ、ウナギ篭を俺に一個、死んだ勝と進によう、こんな体裁のいい雑魚釣り篭を一個ずつ作ってくれてたんだ。そうして篭の銭はいらんて言って。昔五十五郎さんにお金借りているから篭の銭は取れんっていうことで。親父はどうも電話してたらしかったけどなあ。

 それでその篭屋のおじいさんに、実はこういうわけでウナギに逃げられたって話したんだ。すると

「そりゃあ山五のおじさんも無理だわい。ウナギの太い奴なんか子供にしょずめる(掴める)もんじゃあない。おじいがいいこと教えてやる」

 って言うわけ。篭を持ちに行った日に。そうして

「今からおじいがよう、面白いことして釣って見せるで見とれ」

「ふーん」

 そうして木綿針の太いやつを出してきてさ、ピシンと4センチぐらいに折るわけだ。それから凧糸出してきて、針の真ん中に縛ってよう、

「これどうだ?坊、これでウナギ釣るんだ」

 俺は腹ん中でよう、このおじい、おれが子どもで物を知らんと思ってバカにしやがってなんと思っておっただよ。そうしたらあのおじいもなぁ川のそばに住んでおるもんでウナギ釣りが好きだっただよ。今の俺みたいに桶の古にミミズ飼っておるんだよ。でひょいひょいと二3尾ミミズ拾い出してさぁ。家の裏の戦橋の下へ降りて行って、

「なあ坊、俺ははいウナギのおる所見つけてある。あの石におるだ」

「ふーん」

 それからおかしなことしてミミズを針に刺すらぁ。やいホントにこのおじいはあれで釣るつもりだぞ。そう思って見ておったら、

「ほら喰っついた!」(笑)

 それからウナギを穴から引き出してきてよう、

「ここを押さえてみよ、ここに針がこうなって刺さっておる」

 ほんに、ウナギの喉の所に木綿針が横になって刺さっておるんだ。

「ありょう!」

「これで釣りゃぁ糸が切れん限りは絶対に逃げられはせんで、この仕掛けで釣れ」

って言うわけよ。

 ところがあの時分戦争負けてすぐだから凧糸が無ぇっちゅうわけだ。お袋に聞いたって凧糸なんか無いだもんで。それから明くる日また篭屋さんへ行って、

「おじいそんなこと言ったって凧糸が無い」

「そりゃ悪かった」

 ちゅうわけで。なあ、親の七光っちゅうのはありがたいもんだぞ。そのおじいさんがまた市場ののんき屋っていう店に聞いてくれて、あそこに仕立物の職人のおじさんがおって、足袋を縫ったり半纏縫ったりしておったんだ。で、篭屋のおじいの言うには、

「あそこの店で、戦橋の篭屋がそう言ったって言えば、木綿糸を二三本縒ってくれるで、行ってもらってこい」

 そう言うんだ。それでその時に糸を縒ることも覚えたんだが、面白いことして縒るもんだぞ。木綿糸を六尺なら六尺に切って、三本縒りにするわけだ。三本縒りにする一番アタマをきゅっと縛って上の釘に引っかけるわけだ。三本糸がこうなってくるら、それにあの独楽、独楽の心棒をこんなに長くしたような物があって、針金で先がこうなっとるんだ。それへ縛り付けるわけだ、その一本一本を。そうしといてなあ、

「坊、この一本を持っておれ」

 って言うから持っておると、独楽が付いておるだよここに。そうしておじいさんが一方を足でこうやって支えておって、自分の方の一方の独楽をシュウッと回すわけ。回したやつを持っておれって言うもんで持っとると糸がギーッと回っておるら。そうして次から次へと手早く回しながら三所に置いといて、

「坊、放せっ」

 って声でシュッと放すとよう、たちまちその三本が縒じくれて、ピューッと縒り上がってなあ、凧糸が縒れちゃうんだ。

--ふーん。

 てなもんで一丁上がりでよう、それから三本ばか縒ってくれて。それからおじいさんが、

「これは木綿糸で縒ってあるで、ええかげんなウナギが喰っついたぶんにゃあ切れやせんよ」

 なんて言ってさあ。それが俺の毒バリのウナギ釣りの始まり。


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