釣行日誌 NZ編
春、西海岸、河口近く (その3)
ドライをあきらめ、ニンフに結び替える。12番のヘアーアンドコパーである。
第一投。ニンフが鱒の上流に投射され、鱒の方に流れて行く。が、鱒はぴくりとも動かない。そのまま流してくると、根っこの固まりにニンフが引っ掛かるのが目に見えているので、慌ててロッドを立ててニンフを引き戻す。と、不意に弾かれたように鱒が右側へ飛びずさった。
『うげっ! ニンフで鱒の体を撫でちゃったか!』
ティペットが長めだったので、ニンフの位置の目測を誤り、鱒の体のどこか、尻ヒレのあたりに鉤が触れたらしい。またしても定位置を外れた鱒は、ゆっくりと自分の食卓へと戻った。
『うはぁ..........なんというラッキー..........』
シビアなやつならとうの昔に深みに逃げ込んでいるはずなのだが、よほど腹が減っているのか、そのブラウンはあいかわらずゆらゆらと餌を探している。
『こりゃ、まっすぐ投げると、根っこの固まりにニンフを取られるな.....』
とはいえ、重いニンフの跳ね返りを利用してポジティブのカーブを作っても、こんどはラインが鱒の左側に落ちることになる。そこには別の根っこが頭を出して沈んでおり、新たなトラブルの火種になることは確実である。おまけに着水音もそれなりに大きくなる。
『ううむむむむ.........』
とぼしい技術の棚卸しセールを展開しようとも、いかんせん難しい鱒である。
『あの二つの根っこが無ければなぁ..........。
ん? いっそのこと右側の岸に移り、そこから斜めに狙ってみようか。あそこならドラッグもかかりにくいだろうし......』
と、思いついて、再びそろそろと抜き足差し足を始めると、1メートルも右へ動かないうちに、正面の空が水面に写り込み、まったく鱒の姿が見えなくなることがわかった。
『くそっ.........』
王手+飛車+角取りを食らい、唯一の持ち駒である歩を打って泣く泣く王様を守ったら、そこは二歩だからダメと言われたような心境である。
ドライはドラグでダメ、乏しいトリックキャストもうまくいかない。重いニンフは根っこの妨害に遭う、着水音も大きい、おまけに手持ちのニンフはどうも合っていないようだ。
時計を見ると、昼を済ませてからすでに40分以上が過ぎている。これ1尾に、ゆうに30分は費やしている。
『しっかし俺も下手だなぁ..........これほど下手だったとはなぁ............。
だが、これを釣らなければニュージーランドにいる価値は無いな......』
変な理屈で体制を立て直し、なんかいいフライはないかと胸のパッチをさばくってみると、昔巻いたフェザントテールを見つけた。サイズは12番くらい、わずかにウェイトが入っているようだ。シルエットも細いし、これならなんとか沈むかも知れない。ありがたいことに鉤の軸は太い。
日差しを待って、鱒めがけて古いフライをキャストする。例によって希望した位置とは大きくずれて、はるか1mも右へフライが落ちた。ゆっくりと沈みつつニンフが流下し、水面のティペットの蛇行が徐々に沈んでゆくのが見える。鱒の影が右へと動き出す。
「うわっ! あんなに遠くから反応したか!」
かなり近くまでニンフを追ったものの、なにかが気に入らなかったのか、あるいは、そこまで遠くに泳いで行って喰うには値しないと判断したのか、鱒はゆらりと身を翻し、もとの位置に戻ってゆく。
「むむむむ。しかし、このニンフには反応したぞ」
ドライフライはあれだけ選り好みしたのに、水中のニンフにはかなり遠くからでも食い気をそそられるようだ。それなら、なんとか根っこの障害物をかわせるだけ右へ寄せ、だいたい50cm横へニンフを落としたら、鱒が喰いつくのではないか?1mではだめだ。遠すぎる。
ニンフへの反応の後、再び日が翳る。一瞬にして彩度を失った風景の中、浅瀬につっ立って、日差しを待つ。
雲間から、太陽が顔を出した。春の午後。色合いを取り戻した視界の中、青い背中の50cm右を狙ってニンフを振り込む。