釣行日誌 NZ編 「5000マイルを越えて」
跳躍と逸走、そしてロッジの歓談
1997/01/15(WED)-4
ロッジに帰ると、松延さん夫妻、デビッド、ブリントたちが夕食の支度をしながら歓談していた。真っ先にデビッドに報告する。
「とうとう釣ったよ!1尾釣った!」
「そうか!とうとう釣ったか!」
と、デビッドはとても喜んでくれた。私よりも安堵の度合いが大きかったかもしれない。松延さん夫妻はそれぞれ1尾ずつ釣ったとのこと。いやはや、やるもんである。
今日の夕食は、スパゲティ。鍋に一杯のスパゲティが、あっと言う間に6人の胃袋に落ちてゆく。ビールがうまい。前の二晩のビールとはえらい違いである。
ブリントさんにあらためて自己紹介をする。彼の職業は画家であり、時にはこうして釣りのガイドをしているそうである。
私が彼に自作の名刺を渡すと、ビルが、
「裏を見てみろ」
と言う。私の名刺の裏には、『釣りの話をするときには両手を縛っておけ』というロシアの古諺が日本語と英語で書いてある。ブリントは、わはは、と笑い名刺をしまい込んだ。
私は、つい3時間前には両手を広げてホラを吹こうにもそのネタとなる1尾の鱒も釣れていなかったので、ようやく名刺を作って持ってきた甲斐がありほっとした。
つづいてブリントに、ささやかなお土産である「写楽」の歌舞伎絵の絵葉書と、西陣織の栞を手渡す。彼は職業柄非常に感激し、日本の版画や浮世絵の話とかが始まった。昔、展覧会で見たターナーの絵「雨、蒸気、速度:Rain,Steem,Speed」の話などをする。有名なその絵は山下達郎の歌にもなっている。
彼もその絵のことを思い出し、ターナーは進歩的な画家で、日本の浮世絵の構図などを自分の画風に取り入れていたんだ、というようなことを教えてくれた。明日はブリントが私をガイドしてくれるそうなので、どんな川へ行くのか聞いた。
「明日はとても美しい、すばらしい川へ案内するよ。まかしておきなさい」
と彼は言う。その川は、はるかビッグマウスの町へと流れてゆく大河、ビッグリバーの上流部であり、Big River と地図には出ていた。ここから約1時間半のドライブになる。彼の言うには、その川は私有地の牧場を横切ってしか行けないので釣り人は少なく、河原は広いので思う存分キャストを楽しめるとのこと。うーん、これは期待できそうである。マウンテンリバーの岸辺の枝には幾度と無く苦汁を飲まされた身には、誠にありがたいお言葉である。明日の夜は牧場主の持つ山小屋(ハット)に泊まるそうだ。ブリントもフライを見せてみろと言うので、自作のフライを見せる。彼は
「おー、これなら店に並べて売れるよ。きれいに巻いてある。」
とほめてくれた。むむっ、本当だろうか?きれいだけど釣れないフライなのでは?これまでの不振でややうがった見方をするようになってしまった私であった。
夜も更け、時計は11時を回ったので、シャワーを浴びて休むことにする。今夜はブリントもこのロッジに泊まり、明朝できるだけ早起きしてビッグリバーに向かうとのこと。
「君は明日、何時なら起きられる?」
「5時です」
無理してそう答え、ベッドに入る。ところが、良く考えてみると、明後日ロッジに戻ってきたらすぐに荷物をまとめてクライストチャーチへと出発しなければならないことに気づき、あわてて起き出してバックパックにみやげ物や使わない荷物をきちんと詰め込み、ようやく眠りにつく。時刻は午前一時を回っていた。