釣行日誌 NZ編 「5000マイルを越えて」
大聖堂にて
1997/01/16(THU)-2
河原まで歩いてロッドとリールをセットすると、ブリントがリーダーを見せてみろという。昨日はデビッドさんスペシャルのバット2フィート+ティペット6フィートでしたよ、というと、
「あーそれは良くない。ティペットが長すぎる」
とのこと。そうして彼は、ビニール袋にていねいに包まれたリーダーの束を取り出した。かなり太いモノフィラメントを短めのピッチで何本も繋いである。このリーダーの束を見た瞬間に
「この人はデキる!」
と思う。刀を構えただけでも腕前は判るのである。
「これは私の長年の経験から編み出した自慢のリーダーなんだ。初めは細く、真ん中が太く、先の方がまた細く作ってある」
「ウェイトフォワードタイプですね?」
「その通り!これが一番だよ」
最も太いところでは径2ミリほどもあるそのリーダーを付けると、ブリントはティペットを取り出す。
「これも私のお気に入り、シーガーの3Xだ。一番強いな」
それを結びつけ、今日の一発目のフライを選ぶ。
「うーん、昼間は暑くなるだろうが、今はニンフから行こう」
自作のフェザントテールを結ぶと、彼がインジケーターを取り出す。なんの変哲もない毛糸の固まりであるが、オフホワイトの色合いはウールの原毛のようである。
「こいつが一番」
独特の「???」ノットでインジケータを結ぶと、ブリントの経験の集大成であるニンフィングシステムができあがる。しかし竿を振るのはこの私である。
「まずはあのたるみからだ」
急流が蛇行する中、いくぶんの変化が右岸側にできており、ゆるやかな深場がある。えいやっと投げると、彼のリーダーシステムは重いニンフを楽々とターンオーバーさせ、すんなりと狙ったポイントへ的中するのである。
「ブリントさん、このリーダーは最高ですよ!」
「そうだろう、そうだろう」
一見しただけではどこがポイントか全くわからないこの大河の茫洋とした流れを、3m流しては3m進むというシステマチックな攻め方で釣り上がってゆく。しかし、手元のラインの処理が思うように行かず、苦戦が続く。帰ったら手のひらのリトリーブの特訓をしなければならない。水面を流れるウールのインジケーターには何の反応もない。
「出ないなあ。じゃあ次へ行くか」
と言って歩き出すブリントの後を追い始める。ところがこの川ではポイントとポイントの間が優に数百メートルは離れており、その間はひたすら歩くしかないのである。おまけに大男ブリントの歩幅は1m近くあり、ついてゆく私は自然と小走りになってしまう。あの大きなリュックを担いでの、そのパワーに全く圧倒されてしまう。
幾度か川を渉り、支流の出会い、瀬脇のたるみなどを丁寧に攻めるが、ニンフにはこれまでいっこうに反応がない。私が竿を振っている間、ブリントは上流を偵察に行ってまた戻ってくる。
右岸側に流れ着いた大きな倒木の切り株を通り過ぎようとしたところ、彼が、
「あそこはなんとなく臭わないか?」
と、切り株の後ろの小さな淵を指さす。すでに日は高くなっており、ドライの雰囲気である。
「ようし、ドライだ。ロイヤルウルフの12番で様子を見よう」
切り株の後ろ、渦を巻く流れが本流に飲み込まれるその1mほど上流にキャストする。なにも起こらない。それではと、切り株の直下にフライを投げ、淵の真ん中を通し、渦のあたりに来たところで40cmほどのブラウンがひょいっと顔を出した。
しかし、ほんの鼻先まで近づいたところでその鱒は、フライが気に入らなかったのか、プイと振り返って深みへと消えていった。
「ははーぁ、やっぱりいたなぁ。ようし今度はハンピーだ」
言われるままに、ハンピーを投げ、パラシュートを投げしてみたものの、どうもプレゼンテーションがまずかったらしく、その鱒はついに2度と姿を見せぬままであった。それどころかこともあろうに向こうの切り株にフライを引っ掛けてしまった。
あちゃー?と言ってラインを引っ張りにかかると、ブリントが待て待てと言いながら川へ入ってきてひょいっとに切り株に登り、ていねいにフライを外してくれた。
「サンキューベリーマッチ!」
最大限の感謝を表明し、ラインを巻き取り、次のポイントへと向かう。
ポイント間の移動の時に、私が長いリーダーとティペットの扱いに苦しんでいると、ブリントがすばらしいティップス(コツ)を教えてくれた。フライをトップから3番目のガイドに掛け、リーダーを引き出してリールシートに回しておく。そしてポイントまで来てからロッドのグリップの上を人差し指でコンッと軽く叩くと、フライはハラリとガイドから離れすぐにラインを出して釣り始められるのである。
「これはいいですね」
「簡単だろう!」
感心することばかりである。
右岸側に流れがカーブしており、森から水面までが砂利・岩混じりの大きな崖になっているポイントへ出た。20mほどもある流木が数本、流れに沿って横たわっている。その流木の陰はどうやら深さ2mほどの淵になっているようだ。
下流側から静かに近づき、腰まで水に立ち込む。自分でコントロールできる短めの範囲で、フライが自然なプレゼンテーションをするように心がけてキャストする。黒く翳った水面に、ロイヤルウルフがふわりと落ち、ゆったりと本流脇を流れ始める。3m流しては3m進む、その繰り返し。へそ以上に深く立ち込むと水圧が体を圧迫し、緊張感が高まってくる。
と、次の瞬間、水面を割った鱒の鼻先がフライをくわえて水中に沈んだ。せーのとタメてから、ヨイショッと合わせる。
「ストラーイク!!」
ブリントの声と同時に鱒はいきなり横っ走りを見せ、水面に魚体を現しテールウォークで暴れ出す! と思いきや、カクンッ。
「あれーっ、はずれたぁーっ!まーたダメかやぁ!なーんでだぁ?」
またしてもフライがはずれてしまった。この1尾も大きかった。脳の回路は瞬時に日本語三河弁モードに切り替わり、ののしりの言葉を去りゆく鱒に浴びせまくる。
「うーん。良いストライクだった。お見事。まぁそんなにガッカリしないことさ。あるものは釣り、あるものは逃がす。それが釣りの面白いところさ」
むむむむ。しかし。あの1尾は大きかった。