釣行日誌 NZ編 「5000マイルを越えて」
流木、そして死闘
1997/01/16(THU)-4
再び黙々とポイント間を歩いていくと、だだっ広い瀬の浅場の中でブリントが鱒を見つけた。ドライには反応しないので、ブリント必殺のコパーワイヤ(銅線)ぐるぐる巻きのニンフを結ぶ。
定位する鱒を見定めいざ勝負! と思ったところでズルッと足がもつれ、ジャバッと水音を立ててしまった。そのとたん鱒は逸走し、ぽかーんとそれを見送る。
「鱒は敏感だから、音を立ててはいけない。河原を歩く足音や水中の石の音にはとても臆病だから」
ブリントの歩きは、ポイント間では豪快に歩幅を進めるが、それらしいポイントの近くでは、暗がりの猫のように音も立てずに忍び寄っていくのである。その見事さに、「ストーキング」という言葉が肌に刷り込まれた。
川幅が狭まった、この川にしては比較的深い流れが続く荒瀬に出る。ブリントが膝まで水に入って、キャストしながら探って行けと言う。岸からキャストした方が歩くには楽なのだが、高い位置に立つと魚に見つかるのを用心しての事だろう。漬け物石ほどの石が一面に広がる河原を降りて、膝まで水に浸かり、3m流しては3m進みという緻密な攻めを繰り返す。
「上流に左から流れ込む細い支流が見えるだろう。あそこまで釣り上がれ」
と言われて見てみれば、その場所はここからはるか100mは離れている。右と左と2回ずつのキャストを繰り返し、延々と探ってゆく。荒瀬の波立ちのせいで鱒の姿が全く見えないので、ここはひたすらブラインドの釣りである。岸から2mの流線、流心から2m内側の流線を、丁寧に、集中力を失うことなく釣り続けるのはかなり忍耐力を要する。まるで、長編の推理小説を読んでゆくような感じである。
もう少しで流れ込みだけどなあ、と思いはじめた矢先、流心近くの深みから、魚体が急上昇し、ウルフをくわえた。よしっ!。ギュンッという合わせが決まって鱒が突進を始める。おおっ!と思ったその瞬間、鱒は宙高く飛び出した。
「うわぁーっ、ジャンプしやがったぁっ!」
2度、そして3度と跳躍を繰り返し、鱒はなおも荒瀬の急流の中を下流へひた走る。ブリントがまたカメラを取り出してくれ、ファイト中の姿を写してくれる。鱒はラインを引き出し続けており、ふと見た鱒の行く手にはなんと!流木が沈んでいる。
「うわぁ、こりゃまずい!」
岸に沿って横たわる流木の、向こう側に鱒を通すかこちら側に通すか、瞬時に判断を迫られる。鱒の弱り具合からしてなんとかこちら側に寄せて行けばすんなりと下流へ通せそうである。グーィとロッドをタメて魚体を誘導し、ラインが緩まないように気を付けて流木をやり過ごす。やれやれこれで一安心、鱒もそれほど暴れなくなってきた。ブリントがネットを手に鱒に近づく。ネットのフレームが鱒の尻尾に触らないよう、細心かつ大胆にネットに納める。
「キャッチ!」
「やったー!バンザーイ!」
2尾目のブラウンは、48cm、2kgであった。ブラウンの3連続のジャンプを目の当たりにし、空中の魚体が未だに目の中に焼き付いている。よく今回は外れなかったものだ。ブリントとまたまた堅い握手を交わす。
「今のやりとりはまったく正解だったよ。お疲れさん」
鱒を水に返し、ふと見ると、ブリントのリュックがはるか60mほども上流に置かれていた。それだけの距離を鱒に引っ張られて走らされたのであった。
2尾の大物を釣り上げ、かなり調子は上がってきた。プレッシャーも遠のいている。だんだんと自分のペースを取り戻してきたようだ。釣りもかなりメンタルなスポーツなのである。