釣行日誌 NZ編 「その後で」
エブリタイム・ビー・ポジティブ
1999/12/16(THU)-6
連中がカジカを喰っているということは、大きめのスカルピンを3、4本仕込んでおく価値はあるな....とすでに次回のことを考えつつ午後のお茶に一息入れる。
「向こうに見えていた砂州まで行って降ろしてやるから、しばらく岸沿いに歩いて攻めてくれ。ちょっと向こうを偵察してくる」
と、ブリントは船外機を始動する。
降ろされた砂州は、やはり別の大きな涸れ川が形成したものであるようだったが、水際はカケ上がりが急すぎて、あまり良いポイントではなかった。薬指のマメもひりひり痛んでいるが、万が一もあるのでネチっこく攻めているとすぐにボートが引き返してきた。
「おーい、あっちの方が見込みがありそうだ」
再びボートに乗り込んでブリントが目星を付けたポイントに行ってみると、広い砂州が出来ている小さな沢の流れ込みであった。上陸して沢の上流を偵察したものの、鱒の姿はどこにも見えず、代わりに数頭のシカの死体があっただけである。
「ヘリで来たハンターが撃ったんだ」
彼の声に注視したものの、すぐに鼻を突く腐臭が漂っているのに気が付いてただちに退散した。
『うーん、食べない獣をただ撃ち殺すのは、やはり頷けないものがあるな.....』
とも思うが、言う人に言わせると、釣った魚を食べずにさんざん遊んだ後で水に返すのはそれと同等以上の罪悪なので、うなだれてしまう......
入り江の砂州からボートに乗り込むときに、国道が見えたので桟橋も近いと思われた。曇りがちの一日であったが、なんとなく日差しが夕暮れを感じさせる時刻となった。
フライラインのドレッシングもさすがに丸一日の連続キャストには効き目を無くし、シュートの飛びも悪くなった。腕も疲れてきて、正直バテていたのだが、見越したようにブリントが
「エブリタイム、ビー、ポジティブ....」
と、つぶやく....。うーん、あともう少し頑張ろう!
桟橋が見える辺りまで来ると、切り立った斜面に鬱蒼と繁る原生林が水際に被さっており、薄暗い湖面は怪しい気配を漂わせている。トップウォーターのプラグを6lbぐらいのラインで、なじみのスピニングリールとロッドでキャストしたら面白いだろうなぁ.....。プラグはやはりリアルなタイプを使ってみたいところだな。最初はあの枝の下に投げて、波紋が消えるまで待って、ピコンピクンと数回アクションを加えて.....いきなりジャークで潜らせて......などと極めて罰当たりな想像をしていると、その木の枝の下に投げたストリーマーが急に重くなった。
「おおっ?!」
「ストライクッ! 見てなかったのか?」
「全然見えなかったよ!」
二人とも偏光グラスをかけているのだが、レンズの色の違いか年期の違いか立つ位置の違いかまったく鱒の姿には気づかなかった。
「はははっ! ビー、ポジティブ! ゴウ!」
「まったく! Everything could happen!」
黒茶色の暗い水底で鱒がその体側を輝かせる。科学的にはまったくありえないことなのだが、ウェストコーストの渓谷から数千年をかけて洗い出されてきた砂金の、その華やかな金色が、この水系に生息するブラウントラウトたちの体色になにかしら作用しているとしか思えない。
引き絞る鱒の脈動、ロッドの軋み、リールの逆転など一連の興奮と歓喜がネットの中の飛沫に冷まされ、水中に消えゆく後ろ姿に完結する。
すぐそこはハイウェイの広場であり、桟橋ではキャラバンから観光客の家族がしばし憩いの時を楽しんでいる。
浅場になると藻が繁茂し、その間には無数の小魚が泳いでいる。黒く滲んで見える藻の間の浅瀬にラビットフライが消え、ずっしりとラインが重くなる。
「ゴウ! 今度は強引に行けよ、藻に入られるぞ!」
と、ブリントの声と同時に鱒は直線的に潜行し、藻やら枝やらの間に逃げ込んだようである。ぐいぐいと引っ張っていてもなにやら揺動は感じられるものの、明らかに藻にラインかリーダーが絡まっている。
「うーん......」
「あきらめるな、しばらくプレッシャーをかけ続けてみろ」
リーダーはともかくティペットが3Xでは、藻の間で粘られるのは嬉しくないなぁ.....と思いつつロッドを立てて根比べに入る。しばらくしたのち、不意にロッドが軽くなったので慌ててリールを巻き取るとまだ幸運にも鱒は掛かっており、ぐいぐいと引き込んでまた別の藻に絡まって、そして外れた。
「あっらーっ? とうとう外れたぁ!」
「わははっ、まぁそんな時もあるさ」
今日は、これで竿を納めることとして、ブリントがボートを桟橋へと寄せて行く。ボートの影が藻の上を静かに進んでゆくと、子供たちがさっきまで近くの水辺で騒いでいたにもかかわらず、藻の間から大きな魚影が深みへと泳ぎ去って行く。
一つ、二つ.....そして三つ。