さらばウエストランド

1997/01/17(FRI)-4

 岸辺から牧場に上がり、牧草地を突っ切って農道へと出た。遠くで草を食べていた牛の群が、私たちの姿を見て餌をくれるものと思って寄ってきた。牧場にはダンデライオンが咲き乱れ、遠くに牧場主の作業小屋が見えた。牛たちはなおも近づき、モーウモウと鳴いて餌をねだる。

「おーい、餌は無いよ。これでお別れを言わなきゃならないんだ。またいつか会おう!」

 乾いた農道を二人でトコトコと歩いていくと、牧場主と彼の息子たちが、小屋で作業をしていた。

「おーい!釣れたかね?」

「ああ、大いに楽しんだよ!それじゃあまた」

「サーンキュー・ベリーマーッチ!」

 と大声で叫んで、牧場主に別れを告げた。

 山小屋へ着いて釣り具を片づけ、食料やコンロなどをトラックに積み込み、部屋の中を掃除した。ブリントはやはりていねいな仕事ぶりであった。カメラを取り出して車を動かしているブリントを写し、最後に牧場を写した。時刻は午前11時、予定通りに Duffers Flat の牧場を後にしてトラックは走り出した。

 帰り道、7号線に出るまでの林道ではトラックが砂利を撒いて道路維持の作業をしていた。まるでコカコーラを流したような水の色の川のそばを通り、そこで写真を写した。樹木の成分が水に溶け出してこのような茶色になるのだそうだ。

 陽射しは高く、暑くなってきた。途中、ブリントが食料品店に車を止め、ソフトクリームをおごってくれた。チョコのかかったのが大好物なのだそうだ。

 車中で、クリームをなめなめ、ブリントに訊ねた。

「ブリントさん、あなたにとって釣りとは何ですか、と聞かれたら何て答えます?」

「うーん、それは難しい質問だ。簡単には答えられないな」

 しばらく走った後に彼は言った。

「ゴウ、昨日君が言ったじゃないか。川は参道であり、空と森は釣り人にとっての大聖堂だって。あれだよ。あれが全てじゃないのかな。君にとってはどうなんだい?」

 夏の昼下がり、トラックは快調に風を切り、青い空と白い雲が広がるニュージーランドの田舎道を走ってゆく。私にとって釣りとは何だろうか?これまで、考えたこともなかったけれど。

「私にとっては、うーんやっぱり難しいですね。趣味には違いないけど、単なる趣味ではないし。かといって生活の一部と言うには大げさすぎるし。無限の広がりをもつ安息の隠れ家、そんな感じですかね。いつか私が結婚して、子供ができてやがて孫ができたら、この釣りの旅のことをこと細かに話してやりますよ」

「ああ、それはいい。そうするといいよ」

 やがて見覚えのあるカーブを曲がり、緩やかに坂を下ってトラックはビルのロッジへと着いた。ビルと松延さん夫妻が出迎えてくれた。

「どうでしたか?」

「釣ったよ、釣りましたよ!60cmを頭に4尾!」

「それはよかったですね!」

「ビルさん、とうとう大物を釣ったよ。ありがとうございました」

「おめでとう。よかったよかった」

 感激の会話もそこそこに、釣り道具とベッドルームの荷物を片づける。15分ほどで大慌てで荷造りを済ませ、ロッジの居間でみんなで写真を写す。デビッドさん、ブリントさん、ビルさん、浩志さん、仁さん、ほんとにありがとう。

 名残惜しいブルナー湖の風景を後にして、私達を載せたビルの赤いテラノがクライストチャーチに向けて走り出した。

 帰り道の73号線は、来る時とは違って快晴の空のもと、美しい風景の展望が楽しめた。アーサーズパスの深い渓谷や、石灰岩の山脈の奇景、牧場の風景などが矢のように車窓の後ろへと飛び去ってゆく。

 相変わらずビルは左の路肩いっぱいを時速100kmで飛ばしてゆく。そのスリルでついに眠りに就くことはできなかった。

 途中、ウェストメルトンの町のショッピングセンターに寄り、銀行でお金を下ろすことにする。オプションのヘリフィッシング代金を払わなければならないのだが、現金の持ち合わせが無かったので、ビルに銀行に寄ってもらうように頼んだのだ。ニュージーランド銀行の小さな支店では、VISAのクレジットカードで現金が引き出せたのでとても助かった。ヘリの代金は追加1名分と言うことで750ドル(約62,000円)であった。

 午後3時半にクライストチャーチ空港に着き、山のような荷物をキャリアに入れて、カウンターに向かう。チェックインの後、2階のカフェでしばし歓談をする。松延さん夫妻も今年は大物をたくさん釣ったので十分満足したそうだ。私も初めて来たにしては、とても満足のいく釣行であった。もっとも釣れば釣ったでまた来たくなるし、釣れていなければ絶対来年も来ることだろう。デビッドが私に貸してくれたフライをバックパックにしまい込んでいたので、日本に着いてから、写真と一緒に送るので、デビッドに渡してくださいと、ビルに頼んだ。ビルはこれからまた、3時間のドライブでモアナの町に帰るそうである。気をつけて帰ってくださいと告げる。

 5時になり、オークランド行きの便の搭乗時間となった。カウンター前でビルに別れを告げる。

「また、来年会いましょう。今度はもっと練習して来ますから」

「待っているよ。イトウさん」

 ビルの大きな体が空港の外に消え、私達はNZ542便へと乗り込んだ。


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