肇の魚釣り初め その9  弟の進をまいてフナ釣りに

--進おじさんをまく術は?

 おぅ、それはそのうおれが五年生ぐらいになると進が二年生ぐらいか?昭和ねぇ、昭和十五年ぐらいかな。そん時になあ、進がさぁ。勝はなぁ勝はあんまり魚釣りに行くって言わなんだな。で進が

「おれも連れてけ!」

 とこう言うわけだ。で、しょんねえもんで(しかたがないから)親父が連れてっただ。そんなもの竿をあてがったっていやになるわい二年生の小僧だもんで。

 そうしたところがなぁ、小僧はこっすいだ。その新川の橋を曲がりきったところを左に曲がると、小川だって言ったらぁ。その名古屋側の橋詰めにまあ簡単に言えば茶店があるわけだ。そこに悪いことにアイスキャンデーを売っておるんだよ。で、昔はなあ、キャンデー屋ちゅうのはなぁ、幟が立っておるだ店屋の前に。んでわかるんだ一目瞭然。

「キャンデー買ってくりょぉ!」

と、こう進が言うわけだ。で親父もそんなものうるさいもんで、

「とろいことをこけ!(ばかなことをいうな)」

ちゅうわけでおれと二人で一生懸命釣っておる。

「キャンデー買って!キャンデー!」

「だめ、向こう行って遊べ!」

 なんて叱ると小僧、どっかから石を拾って区りゃがって(笑)、人の釣っておる前にドボーン、ドボーンとほかりゃあがる(投げやがる)。親父が怒って

「このバカ野郎!」

 なんちゅうと逃げていきゃぁがる。ほんでまた来りゃあがっちゃぁ

「とうちゃん、キャンデー」(笑)

そうすると親父もあきらめちゃってさぁ

「それじゃあ肇よぉ、自転車に乗って行ってキャンデー買ってこい」

 ちゅうわけだ。そん時はもう小さな自転車のっておったからな、おれも。あそこまでねぇ、今おれも考えてみると、そうだなぁおれんとうがいっつも釣っておるあそこから茶店まではそうだなぁ七百メートルぐらいあったような気がするがなぁ。それを暑いのに我慢して行ってさぁ、キャンデーください、って言うわけだよ。そうすると親父も、

「おれも食うで買ってこい」

 なんちゅうわけで、あの当時一本二銭だわ。その二銭のキャンデーを十銭ぐらい、五本買うだよ。そうすると今みたいにクーラーも何も無いもんだから、その店屋のおっさんが新聞紙になあ、わーっと卷いてくれるだぁ、それをリュックに入れて飛んできて(走ってきて)よう、でみんな食うわけだ。そうすると二本残っておるらぁ、それをはい小僧が欲しいもんでよう、

「キャンデー!」

ちゅうわけだ。

「ばかやろう」

なんて言ってるとまた石ほかり込む。しょんねえもんで(しかたないから)親父が

「みなやるで向こうへ行け!」

なんて言って。それでキャンデーがあるうちは遊んでるんだけど無くなるとまた来りゃがっちゃぁ

「キャンデー!」(笑)

「まあ、そうも買っちゃあやらんこのバカ小僧!」

 なんて言ってよう、まあ親父も困っちゃってさぁ、なんとかして進をまかにゃぁしょんない(しょうがない)という相談をおれと親父でしたわけだ。そいじゃあ肇、今日はいつも行く方から行かずに、よう、こっち側から行くぞ、ていうわけで、家の玄関を出ると右に行く道と左に行く道とあったもんだい、 「今日は左から行かめぇか」

っていうわけだ。すると進の小僧今日は日曜日だって知ってけつかるもんだいそのぉ見ておってようすぐぼって来りゃあがって(追ってきて)は

「おれもいくーっ!」

とこく(言う)だい。するとしょんない、そうなると進なんてそりゃまぁ手に負えない小僧でさぁ。怒られるとなぁおまえ、そのヤクザの映画で

「さあ殺せっ」

 ちゅうのといっしょだ。道の真ん中へ癇癪起こしてひっくり返って大の字になってなぁ、あの興奮しちゃってなぁ声が出んだなぁ、涙だけポロポロポロポロこぼいちゃって、そのうちに夕立が降ったようなもんだ、

「うわーんっ!!」

 て泣く、近所の人はあわてて飛んでくる、親父は体裁悪いもんで、

「じゃぁまぁしょんない、乗れ乗れ」

 てなもんで親父が後ろに道具を乗せておるもんだい、あの自転車の前のフレームにまたがらせて座布団敷いてそーれでおまえ、あれでも四キロか五キロあるんだろう、大治村まで乗せていくだい。そうするとまた

「キャンデー」(笑)

 とこきゃあがる。まあしょんねぇ小僧だっちゅうわけで。そうしてだんだんこっちもまくのを研究してさあ

「おれは今日一人で行って来るでのう父ちゃん」

 と嘘をこいて、おれが道具を持って行ってなぁ、例の中村の大鳥居の近所で待ち合わせるちゅうわけで行って、うまく五、六回は成功しただ。ところがいかんわなぁ、晩に親父とおれと魚釣って帰ってくるだらぁ、進は進で

「これはおかしい!」

思っただら。ほいだもんでなぁ、いままでは家の近所で見てけつかっておれが自転車乗ると飛んできただが、こーんだぁおまえ、野郎もこすいだ、あの大鳥居の向こうからは一本道だもんだで、あの大鳥居の根っこに隠れておるんだよ。

「やい、進おらんでいいじゃぁねぇか」

なんて二人で行くとふいに進が現れて、

「とうちゃん!」(笑)

 なんてこきゃがる。まいって親父もしょんねえもんであそこらでさぁこづかいくれてようまあ家へ行けなんて追い出してやる。そのうちにゃあこんだぁ中村公園の前の方でちょっと迂回して行ってみたりなぁ、進をまくのには苦労したぞぉ。


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