留学日誌

99年12月 アメリカズ・カップなど

12/01(WED)

 今日は大学へ入学願書を提出して来た。オークランドからバスで二時間ほど南にハミルトンという街があり、そこの郊外にワイカト大学がある。本来なら郵送でコトは済んだのだが、書類作成に時間がかかり、直接インターナショナルセンターまで持ち込むことになったのである。

 インターシティバスで南に下り、12月ののどかな午後にハミルトンのダウンタウンに着いた。

 いやぁ、オークランドと比べるとほんとにのどかだわ。どのくらいのどかかというと、大学へ往復する市バスの運転手さんが、とあるデイリーストアの前に、自分のためだけにバスを止め、袋入りのピーナッツを買ってきて運転中にポリポリつまんでいるのである。(笑)

 ウチの語学学校のポリーン先生が、

「あなた、ハミルトンで2年も暮らせるの?」

と私に訊いた訳が分かったような気がした。(笑)

 書類を出してから時間があったので街をブラついていると、偶然というか、必然的に古本屋に吸い込まれ、「NewZealand フライフィッシング百科事典」と「NewZealandのトラウト」の2冊を買う。わずか18NZ$であった。(約950円)いずれも素晴らしい本でラッキーだった。

 帰りのバスでは、ドイツから旅行に来ているという美貌の??嬢と隣り合わせたのであっという間にオークランドに着いてしまった。(笑)

12/03(FRI)

 同じ学校に通っているSさんと昼食を共に食べてアメリカズカップビレッジに行く。なんと彼女はプレス証を持っていて、プレスルームに案内してくれた。(以下しばらく、ですます調)

 カップビレッジはさすがにすごい金のかけ方をしていますね。

もはやヨットの世界でもインターネットは必須のアイテムのようです。

 Sさんの話では、百万にひとつで日本艇がカップを奪取したりしたら、日本艇の母港である蒲郡市はえらい出費になりそうだとのこと。広大なスペースを要する各チームの艇庫だとかプレスルームとか観光客向けの施設とか作らなくてはならないので。でも、景気刺激にはいいと思いますけど。

 日本艇の今後の健闘を祈っております。とはいえ、NZ艇への挑戦者が決まるのは来年の1月中旬頃ですけど。

 面白いことに、海なし国スイスからもヨットが参戦しており、このあいだ初の一勝を挙げたときにはウチの学校のスイス人学生が大騒ぎしていました。

補足1: 超レア物のスイス・ネービーナイフを98NZ$で買わないか? というのは学校で流行ってるギャグです。ダレかがホビー用ペイントで塗り上げた紺色のアーミーナイフを見せていたとかいう噂もあります。

補足2: スイス人学生のSven君に聞いたところ、スイスにはドイツと国境を接している湖があって、そこの警備艇が唯一の「海軍」だそうです。 (本当かなぁ? オレ、もしかしてかつがれていたりして......)

12/4(SAT)

 珍しく朝から目が覚めてしまい、知人、親戚関係宛にハガキや荷物の発送に取り組む。十一時頃、ジェレミーさん夫妻がルーシーちゃんを連れて遊びに来た。

 昼食は、ジョーさんがなんとざるそばを作ってくれたので、盛夏のオークランドの快晴を楽しみつつワサビの効いたつゆに舌鼓を打った。

 午後は、またしても近くのエキスポセンターに「NZクラフトショー」を見に行く。手作りにかける情熱がひしひしと伝わってくる各ブースには、絵画、額縁、絵はがき、写真、陶器、木工製品、彫刻、ワイン、蜂蜜、皮革製品、手芸用品、編み物、染め物、織物など、なんでもありの展示会であった。そのわりには来場者が少なかったのだが、とても面白かった。

 ボートショーやアウトドアエキスポと比べると、商業主義の匂いが少なく、本当に好きな人達が店を出している感じがして好感が持てた。

 姪っ子の三人娘にシープスキンの帽子を買った。帰って被って見るととても軽くて暖かいので自分にも欲しくなった。(笑)

12/5(SUN)

 朝寝をして起きると昼である。3時のバスでオークランドドメインと呼ばれる広大な公園へ行き、池のそばの記念碑を探すこととする。

 この公園にある池に、1883年の昔に、はるばるアメリカのカリフォルニア州からレインボートラウトの卵が持ち込まれ、孵化した稚魚が放たれたのである。

 目指す池はすぐに見つかり、二つある池の中央あたりにベンチに囲まれた記念碑があった。

 うーん、この池に今から116年も前にレインボートラウトが移入されたのか......と感慨に耽っていると、目の前の水中を細長い魚影が横切った。

「うん?」

 と、注意してみると、なんとウナギの大きいのが2尾泳いでいるのである。親父に話したらうらやむことであろう。

 帰途、ニューマーケットにてカレンダーを買う。

12/8(WED)

 夕方、オークランド釣りクラブの会合、キャスティングの練習など

12/9(THU)

 午前中は自習しながらわからないところをポリーン先生に聞くスタイルの授業。他のクラスメートは時間が来ると街のビルの一室でケンブリッジ英語検定のスピーキングテストを受けるのである。

 午後は、コリーン先生の最後の授業となり、早々とアメリカズカップビレッジまで行って、午後のひとときをカフェで過ごす。三ヶ月を共に学んできたケンブリッジ検定のクラスメートは一同名残惜しく、みんな住所の交換をした。

 今日は残念ながら日本艇はアメリカ・ワンに敗れた。しかし、彼らは最終予選には残るであろう。

 帰りにニューマーケットに寄り、ヒトシ君へのプレゼントを買う。途中でジリー嬢とウェイウェイ嬢にばったり出会う。

 帰ってみると、二十年来会っていなかった中学の同級生が昨日、そして今日と連続してメールをくれた。不思議なこともあるもんだ。古い友達はいいもんだ。昔の中国の詩人は、確かに真理を詠んでいる。

12/10(FRI)

 今日でケンブリッジのコースがすべて終わる。バーベキューパーティーがあり、楽しい昼食となる。

 Sさんとワントリーヒルに行く。

 帰宅後、ジョーさんのざるそばと巻きずしとで楽しい夕食。ヒトシ君は試験の後でニュージーランド一周の自転車旅行へ出るとのこと。

12/11(SAT)

 今日は午前中クリスマスカードを書き、午後からポリーン先生の住むワイヘキ島へクリスマスパレードを見に出かけた。

 数台の消防車を先導に、ブラスバンド、バトンガールの行進、住民の人達の思い思いの仮装行列は、とても心を豊かにしてくれた。

 ポリーン先生(同い年!)が島内の眺めの良い道路をドライブしてくれた。夕方、浜辺でポリネシアンダンスの音楽を奏でるグループに混ざり、豊饒で、静謐な夕暮れの浜風を楽しんだ。

 まるで、違う惑星に来たようであった。

 帰宅後、ジリー嬢から電話があり、明日釣りに行こうとのこと。

12/12(SUN)

 朝からバスでダウンタウンに向かい、そこから約4km離れたケリータールトンの近くのOrakei桟橋まで歩く。約一時間であった。途中えらい嵐のような荒天になるが、ジリーが出迎えてくれたので助かった。

 桟橋では、ウェイウェイ嬢とその友人のホウさんがすでに釣り始めている。サビキをセットしてグイグイしゃくり始めるが、コマセを撒いていないので望みは薄い。ウェイウェイはキスとウグイの中間のような魚を次々と釣り上げている。やはり餌には勝てないか?

 日本人の若者が3人ほどブッコミ釣りをしており、見ているとやや小振りながら綺麗なタイを釣り上げていた。めまぐるしく天候は変わったが、終わりがけになってジリーがアジに似た小魚を2尾いっぺんに釣り上げて歓声を上げていた。やれやれ。

 帰りにホウさんが家まで送ってくれた。疲れがどっと出てベッドに崩れ落ちる。

 夜、明日からの釣り旅行の支度を整える。相変わらずの大荷物である。

12/13(MON)

 荷造りを一段落させて、不足品の買い出しに街まで出る。あたふたと5軒ほど回って買い物を済ませ、ふたたびバスで帰宅。荷造りなど最終段階となり、重いリュック2担ぎが出来上がった。

 夕方、ジョーさんに乗せてもらって、郵便局に行き、日本の知人・親戚宛の荷物を発送する。

 さぁ、明日からは南島ウェストランドはホキティカでブラウントラウトと対決だ!

 ( と、ここまで書いて旅を終えて帰宅した12/26に振り返ると、浅はかな日記だなぁと改めて思う。)

12/14~23

 NZ南島のホキティカのブリントさん宅を訊ねての釣行。南島横断の列車旅行。クライストチャーチ、カイコウラのホエールウォッチング、ウェリントン見物、そして北島縦断の列車で帰宅した。

 今回は、ガイドのブリントさんと、南島西海岸の湖を釣り歩こうという話になり、トレーラーでボートを引っ張って回った。

 いくつもある湖のうち、ブリントさんも良く知らない湖ばかりを選んで釣って回り、ある湖では大ハズレ、ある湖ではバカ当たり....という状況であった。結局、

1日目は大物を3尾。70cmは越えていたような気が.......

2日目は中型を12尾、サイズ的には60~45cmでした。でも引きが激しい.....

3日目は豪雨・大洪水で退散。 年間降雨量7500mm!を実感。

5日目は、ディーン君とアーノルド川へ行って、川本君の例のポイントでわずかな区間でしたが3尾釣る。ディーン君も大きいのを釣った。

ということであった。しかし、これまで経験していなかった湖でのブラウントラウトのフライフィッシングを楽しむことができて感動した。

 鱒に引きずられた左腕と、フックを外すたびに鋭い歯で傷つけた指先がしくしく痛む、なんちゃって。

12/25(SAT)

 部屋の片づけなどをして、午後、息子さんのジェレミーさん宅でクリスマスランチに招かれる。新設のデッキにて、手製の料理で真夏のクリスマスを祝う。青空と白い雲、さわやかな風。

 北半球の皆様、風邪にご注意あれ。

12/26(SUN)

 今日はヒトシ君が午後やってきて歓談する。手製のルアーと門外不出の南島西海岸湖のブラウントラウト秘密ポイント地図を手渡す。

 夕刻、松山さんがやってきてお好み焼きの夕食となる。ああ、おなかいっぱい。

12/30(THU)

 今日は久しぶりにニューマーケットにて映画を見る。エンドオブザデイと、ザシックスセンスの二本。相変わらずシュワちゃんのマッチョ肉体+重火器乱射映画であった。また、ブルースウィリスが画面に出ると、次の瞬間には武装集団が現れるのではないかと気が気ではない。

 帰り道、277のショッピングセンターの電光掲示板は、2000年まで、あと1日と3時間33分40秒であった。

 明日は何をしようか?

12/31(FRI)

 今世紀最後の一日も、(公式には21世紀はさ来年に始まるそうだが)なんのことはなく終わり、悪天候の中、テレビでウォーターフロントの花火中継を見る。

 紅白歌合戦の悪ふざけに近い壮麗も、行く年来る年の神妙さも無いが、それでもかしこまってNZでの新年を迎えた。

 次のミレニアムの夜明けには何をしていることだろう.....

 普通であれば死んでいるに決まっているが、(笑) 案外、「冷凍冬眠1000年・Y3Kへの旅 抽選で20名様!」 なんてツアーに当選して69歳で3000年の夜明けを迎えることが出来たりして。

 目出度くもあり、目出度くも無し、といったところでしょうか。


留学日誌   目次へ

サイトマップ

ホームへ

お問い合わせ

↑ TOP