釣行日誌 NZ編 「5000マイルを越えて」
霧にけむる牧場
1997/01/17(FRI)-1
古い目覚まし時計が予想外の正確さでベルを鳴らした。6時ちょうどである。ブリントが
「いまから朝食の支度をするからもう少し寝てな」
と言ってくれたのでうとうととまどろむ。すると、ブリントがコーヒーとビスケットをトレイに載せてベッドまで持ってきてくれた。たいへん恐縮かつ感謝しつつ熱いコーヒーをすする。たいそうなおもてなしであった。
起き出してトーストと缶詰で朝食をとり、7時には釣りの支度を終えた。
あたりは真っ白な朝靄に包まれており、夜露の降りた牧場はひっそりと静まっている。
牧場の柵を越え、今日は山小屋の下流から川に入ることにする。牧場を横切る小さな流れがあり、それに沿って下流へ向かう。流れはすぐに小川になり、本流に合流するあたりではかなり川幅も広くなっていた。秋にはこの小川にも鱒が産卵に遡るそうである。
牧場から本流を眺めると、小川との合流点のすぐ上に流木が流心に向けて斜めに突き出して沈んでおり、その下流を狙うことにする。一帯が淵となった絶好のポイントである。
今日は、ブリントさんも一緒に釣って見せてくださいという私のお願いで、彼も釣り支度を始めた。まだ朝早く日も出ていないのでニンフから始めようということになり、ウールのインジケーターと新しいリーダー、フェザントテールを結ぶ。
大木のはるか下流側から、淀みと流心の間を丁寧に探り始める。水面には朝靄が白く覆い被さり、冷気が緊張感を高める。
かなり深く立ち込んでのキャストを続けていると、ウールのインジケーターがほどけて小さくなってしまった。しょうがないので自前のオレンジ色のインジケーターを付け直してキャストを繰り返す。するとブリントが、大声で呼びかけてきた。
「ゴーウ!それじゃダメだ。インジケーターを換えなきゃだめだ」
彼の言うにはオレンジ色のインジケーターは色が派手すぎて魚を脅かしてしまうとのこと。白いウールであれば、水中から見た空の白さにとけ込むから魚には影響がない、インジケーターの色は白に限るそうである。なるほどな、と納得しインジケーターを結びなおし再びキャストをしながら上流へ攻めていく。
あたりも少し明るくなり、朝靄も晴れてきた。水面の色も明るくなったので、ブリントのアドバイスによりフライをドライに変えてみることにする。ここぞ!という好ポイントである大木の直下を攻めるのは、往年の4番打者といえるロイヤルウルフである。
12番のロイヤルウルフの白いウィングが淀みに落ち、流心のさざなみに近づいて行ったその時、水面に硬貨ほどの小さな黒い孔がフッと現れ、フライが音もなく吸い込まれた。
「ストラーイク!」
ブリントの声と同時にしっかりとロッドを立て、合わせをくれる。躍動する重量感が一気に下流へと突っ走る。
「でっかいよーっ!」
ジージーッジジーッとドラグが鳴り続け、次の瞬間魚体は上流へと向きを変えて突進し、流木の下へ逃げ込むべく再びドラグを鳴らし出す。ヤバイッ!と思ってドラグのクリックを最も強い位置へと回した瞬間、グィッと竿をのされティペットがあっけなく切れた。
「あーっ!また切られたぁっ!」
「グッドストライク。グッドキャスティング。惜しかったな」
「うーん、ドラグを調節した途端に切れちゃいました」
「ああ、ドラグのクリック調節でやりとりをしないで、手のひらをあてて調整した方がいい。その方が微調整が効くから。それと、クリックでのドラグ調整は雨に濡れると効き目が変わるからね」
「しかし、あの魚の大きさにしてはほんとに微かなライズでしたね?まるでフライにキスしたみたいでしたよ」
「そうなんだ、大きい鱒はほんの少し口を開けて水面の昆虫を吸い込むんだ。ほんとに小さなライズだからなかなか合わせが難しいけどさっきのは良いストライクだったよ。上出来上出来」
経験者のみが知る貴重な意見にうなづきつつ次の鱒を狙うべく歩き出す。
「あるものは釣り、あるものは逃がす。次があるさ」