父の釣り口伝
アメノウオ一代 その13 ハリを縛れない若い衆
それから俺が脳梗塞やる年の春だい、田口の本流へ行った時、津具から来ておる川が合流しておるら、あそこへ入っただい。そこで釣っておったら足跡がある。
やらしいなあこの野郎、はいだれか来てやがる、まあいいわい、なんて思って上がっていったらわりかし釣れるじゃないか、こりゃ昨日の足跡かいなぁ?なんて思ってヒョイッと川の曲がりを曲がったらよう、年の頃なら三十ぐらいの野郎が青い顔してさあ、竿をたたみもせんで肩に抱いてこうやって立っておる。
あのやろうおかしな野郎だなあ、釣りもせんで突っ立っておる。それから俺がそばへ行ってよう、そいつ元気がないもんで、
「おい、お前どうした、どっか具合でも悪いのか?」
「悪かない。」
「どうした?」
「もうだめだ。」
「だめだっちゅうことは具合が悪いじゃねぇか。」
「とうとう......」
「とうとうどうしただ?」
「ハリが無くなっちゃった。」
「そんなもの俺がやるわ。」
って言ったらニコニコッ!としやがってよう、
「そりゃありがたい、おくれん。」
って言う。それからハリを3本ばか出してやってよう、手ェ出せって言ってハリ3本やって、
「まあ、おまえなあ、ここで釣っておるだもんで、おらしょんないだで上へ回って行くぞ。」
「おじさん、釣れたかね?」
「お前か、先に来たのは?」
「そうです。」
「お前釣れたか?」
「釣れん。」
「ほいだっておら、お前の後来ただが釣ったぞ。」
「おじさんの魚見して。ありょぉ!」
「まあいいわい、おれは上って上へ行くで、おまえここでやれ。」
って言って歩き出したらまた追ってくりゃがって、
「おじさん!」
「なんだ?」
「すまんが、ハリをしばってくれ。」
なんとこくらぁ、(笑)やんなっちゃって。
「お前、ハリをしばること知らんのか?」
「知らん。」
「ほいじゃあ今までどうやっておっただ?」
そうしたら今売っとるじゃん、ハリスの付いてしばってあるハリ、あれを買ってきて使っておっただと。それを仕掛け入れに入れておったがどっかへ落としてしまったなんとこいて。
「そんなもなぁ流れて行っちゃっただい、しょんねぇ見とれよ。こうやってしばるだい。」
って大きく輪っか作ってやってよう、こうやって卷いてしっかり押さえといてこうしてしばるだい、って教えてやって。で3本ばかしょうがねえハリ作ってやってよう、(笑)
「まあ無くすじゃねえぞ!」
なんて言って。(笑)そんな人が来るだもんでかなわんぞほんと。おら小学生の時分からハリ自分でしばっとるだに。