父の釣り口伝
アメノウオ一代 その14 ウグイ釣りのおじさん
うーん、こんなおじさんにも出会ったなあ、豊根で。やっぱりいい恰好していい竿を持って岩の上に座り込んで釣っとるじゃねえか。やいやい、あんな所に先客がおりゃがる。それでもあんな岩の上に座っておるようじゃあたいしたこたぁねえわいなんて思って行ったらよう、やっぱり名古屋の人だった。
「にいさん、にいさん。」
「なんだね。」
「にいさん、下から上がっておいでたかね?」
「うん。下から来たよ。」
「釣れましたかね?」
「釣ったよ。」
「見せて下さい。」
で、見せてやったら感心して見とるじゃねえか、こうやって篭を覗き込んで。
「どうしたね?」
「これがヤマメですか?」
「そうだよ」
「ふーん!」
「私は朝早く行かなければだめだと聞きましたんで、豊根の宿屋へ泊まって暗いうちに出てきて釣っていますがさっぱり釣れません。」
「そんなはずはないぞね、わしゃあんたの後から来て釣っとるだもんで。」
「釣れません。なにか釣りたいと思いますが釣れません。それでここの淵へ来てひょっと下を見たらウグイがたくさんいましたのでそれをねらって釣っていますがだめです。」
で、見るとエサがそのイクラだだい。
「そのイクラ喰わんかね?」
「喰いません。」
それからしょうねぇもんでミミズを出してやってよう、
「これ半分くらいに切ってやってみん、すぐ喰っつくで。」
そしたらおじさんミミズでやってみてよう、すぐ喰いついただい。おじさん喜んじゃってなあ、なんでもいい!釣れりゃあいいっちゅうだいその人が。(笑)あれもいいだい、そう割り切ってしまえばなあ。
「あーこれ大きいのが喰いついた!」
なんて言ってよう、
「おう、それだけミミズがあればええかげん釣れるで。家におみやげできるで。」
ぎょうさんおるだもんで、その淵に。
「晩までやれるでやりん。」
そう言って、それで
「もしもミミズが無くなったら、こうやって石の裏を探せば虫がいっくらでもおるから。」
なんて言ったら喜んじゃってよう、わあ釣れた釣れたなんてウグイを網袋に入れて見とる。(笑)子どもみたいなもんだ。(笑)
まあしかしあれもいいだぞ、そう割り切りゃなあ。それからアメノウオ2尾ばかしやってよう、これやるでなんちゅって。いろいろな人に出会うぞう、この頃。
--それはいつ頃の話なの?
それはなあ、おれが公団やめる時分だでそう古い話じゃないよ。面白い人がおるで、ほんと。