父の釣り口伝
アユ釣りの夏に その16 おれに言わせりゃ アユ編 ハリを研ぐこと
で、もうひとつ俺いい忘れたけども、アユ釣りはねぇ、ハリを研がにゃあいかん。
ということはさあ、ピュッとすれ違った時に、プスッと刺さるか、それともはずれてしまうかじゃあえらい違いになる。
だから1尾釣ったらオトリが弱っとるか弱っとらんか見て、弱っておれば釣ったやつと換える、換える前にハリを見てさ、ダメだったら砥石でちょっとでいいからハリを研がにゃあいかん。
一見たわけらしいよ、みんな釣っておるのに自分だけこんなしてハリを研ぐのは。だけどねえ、絶対にハリ研がにゃあいかん。一日やっとるとハリが研いであるかないかじゃあえらい違いになる。
それでなあ、ハリを研ぐっていうことも俺子どもン時に考えた。そうだわい、子どもだもんでたまにゃあ石に掛かったりさ、竿をここへ置いておいて水に入っていって手探りではずしたりなんかする。考えてみるとハリが石に掛かるだで、こうハリをみると確かにハリ先が丸くなっとる。
そこが貧乏の悲しさだ、今の衆はぽいっとハリを捨てて新しいハリを付ける。一銭なんて貴重な銭を出して四本しか買えんなんちゅうハリをそうはいかん。で、考えただ。おう、そうだ、あの鎌研ぐ砥石をおじいん達がほかって(捨てて)あるであれで研ぎましょうと思って見たところが、ハリが入らんだいなあ、砥石が大きいもんだい。それからこんだあ川原へその砥石のかけらを持っていって石でぐいぐいすり減らしてよう。そりゃ俺は自分で言っちゃあなんだが、頭良かったで。
それでハリが入るようにしてこうやって研ぐ。俺が幸一兄イと釣っておると幸一兄イが、
「何やっとるだお前は?」
「おら、ハリ研いでおる。」
「何イ?」
そんなもんだったよほんと。昔の衆はそんな研ぐなんちゅうこと知らんもんでよっぽどハリ先が丸くなっちまってからはじめてしょうがないで次のハリと換えるっていうぐらいのもんだった。俺は研いでおるもんだいいっつも掛かりが良かった。