父の釣り口伝
肇の魚釣り初め その1 生まれて初めての魚釣り
--覚えがある一番最初に魚を釣ったのはどこでだった?
名古屋だ。それはなあ、おれがまだなあ、古戸で育ててもらっとる時分だったで。おれは小学校へ上がってから名古屋へ行ったんだけど、なにかでなあ、名古屋へ連れて行かれただよ。おれが、確かねえ、昔で言うかぞえの五つだったって言うがなあ、親父の言うに。
それで、おじいちゃん(肇の父、文三)が例のとおり、おれを魚釣りに連れて行ったんだ。おふくろも弟の進や勝がおるし、子沢山だからなあ。日曜日にはおやじもばかに金があるでもなし、碁を打ちに行くか、魚釣り、という時代だもんだで、俺を自転車に乗せて魚釣りに行ったわけだ。
そして、無名の川なんだけども今の大治町(当時は大治村)の三本木というところへ行ったんだ。それは方角で言うと名古屋から津島街道を中村の大鳥居の前のまっすぐな道をずーっと行って、新川を渡ったとこで新川の堤防道路を下流に向かって右岸を、そうだなあ一キロぐらい下がって、堤防から下へ降りると、新川の副川というやつが流れておって、その副川から田んぼへ水を取っておったわけだ。その取り入れ口があって、そこからおれは子どもだもんで広い気がしたけど、実際は広いところで三メートル六十センチぐらい、狭いところだと二メートルぐらいの、文字どおり小川が流れておったわけだ。深さは、入ってみたわけじゃあないが大人のまあせいぜい胸ぐらいだったと思う。
で、浅いところだと大人のへそぐらいの川が田んぼに水を引くために、新川の副川から、こういう手回しゲートがあって、水を引くようになっとって。で、そこのゲートから入ったところが、一番幅が広くてさ、そうだなあ、川幅が四~五メートルあって、十から十二、三メートルあったんじゃないかなあ。蛇がカエル飲んだような格好になっておって、そこがその、三本木の子どもたちの水泳場だった。
ほいで今じゃあ新川だとか、あの川も汚くてとても水やなんか浴びる気はせんのだけども、当時はまだまだきれいでさ、泳いでおる魚が見えるくらいだから子どもたちが水を浴びとったよ。そこへ、おやじと釣りに行ったんだわ。
ところが、おれは記憶にないんだけれど、どうかいうわけで河川工事でもあったのかしらんが、その小川というおれたちの通称の無名の川で、小川が濁っちゃってさ、釣りにならんというわけで、親父がやめて戻ってきて、その三本木へ新川の堤防から降りる道があって降りてきてるんだけど、こんどはその道の逆の新川へフナを釣りに行ったわけだ。その新川というのはおまえも見て知っての通り、川幅がどうだ、五十から六十メートルもあるか。そこは潮もきくし、流れも流れておる。
で、親父は親父で魚釣りが好きなもんだで、その堤防にものすごくここら辺で言う丸竹というやつが生えとる、それをなあ、鎌持っておって切り開けて、堤防へ出れるように何本か道が作ってあった。そこへ行って、釣りを始めたわけだ。ところがあんまり釣れないわけだ、しょうがない話だが。今から考えてみると。
--濁っとってか?
いやいや、新川は濁ってなかったんだけど。
--場所が悪くて?
うん、場所が悪くて。まぁ親父も始めたんだもんで辛抱しとって。おれも竿を一本あてがってもらって。浮きがピクピクとなったら上げろということでやっとったところォが、そんなもんは子どもだもんでいやんなって、見たらカニがおるっちゅうわけだ、穴があって。あっちのほうには真っ赤っかなカニが土手に穴掘っておるわけだ。それをなんとかしてほじくり出してつかまさァと思っていっしょうけんめいやっとったところが、親父がとうとう釣れないもんで業を煮やいて
「また場所を変わるぞ」
とこうきたわけだ。それおれに、
「竿を持ってこっち来い」
と。で、ひょっと見たら竿が無いわけだ。
「とうちゃん竿が無い」
「だめじゃァないか、流しちゃったか? それでもおれが下流におったんだで、流れるはずはない」
というわけで見たら、竿受けといってなァ、親父が会社の鍛冶屋さんに作ってもらって、そうだなァ、直径が五ミリくらいの鉄線でLの字型をした物を作ってもらってさ、こういうふうに竿が受かるわけだ。ところが大きなやつが食いついて引き込んだもんだで、竿が水の中に引き込まれてこうなっちゃっておったんだ。そこで親父が上げろと言う、ところが子どもだもんだで上がりゃァせん。
で、親父が上げたところが、
「や!こりゃ、喰っついておる」
というわけだいなァ。ほいで今でも覚えとるよ、満月のごとく竿がしなっちゃってさァ、
「や!こりゃ大きいぞ!」
というわけだ、ところが手網を持っておらんわけだ。そりゃそうだい、こんな小っちゃなフナ釣るつもりで行っておるんだで。
「コイかなァ」
なんちゅうわけで親父がそれでも
「おまえ、どいとれ!」
なんてやっておったところが、昔の護岸だもんで、ずーっと杭ン棒が打ってあってその杭ン棒の所まではコイが来るんだけどもまたずぃーっと引き込まれる、魚は水中でぎらぎらしておる、
「お!大きい大きい!」
ちゅうわけでとうとう親父がその杭の所でこうやって手を差し出して片手でフナをこうやって上へ跳ね上げてさ、それから親父が、今でも覚えとるありありと!麦からシャッポを脱いで押さえつけてさ、取ったところがこんな(三十センチぐらい手を広げて)フナでさァ、えらいこっちゃちゅうわけで、そうだいわゆる尺ブナなんちゅうもんはここら辺でも年間にあの人が釣った、この人が釣ったていうぐらいしか釣れりゃァへんもんで、ほいからまあとにかく入れ物に入れてさ、で、その日はさあ、まあ釣れんで帰ろうちゅうわけでそいつ1尾釣ったぶんで帰ってきたんだよ。
ほいでたらいへ入れて近所の衆がみんな見に来てさ、それがとにかくかにかく俺が自分で釣った、まあ釣ったのか喰っついたのか知らんけども、魚を釣った第一号だ。