父の釣り口伝
肇の魚釣り初め その13 庄内川堤防のハチの子掘り
--庄内川のハチの子掘りは?
おう、それだわい。そのハチの子を掘る前話があるだ、まだ。ほうするとこんだぁ親父も考えてなぁ。その今言う、みんなが子ども連れて家族で遊びに行くのとおんなじだわい。
「やい、今日は魚釣りに行くのやめて庄内川へ遊びに行こう」
ちゅうわけだ。で子ども連れておふくろも弁当作って行くわけよ。で庄内川は河川敷があって田んぼや畑になっとるだが。それを越えていよいよ河原へ出ると、きれいだったでなぁあの時分の庄内川の水は。
あそこは潮が効くもんだい、潮が干ちゃうとなぁ、岸辺の方がどうしても掘れるでなぁ、深さがそうだおれの腰ぐらいの水たまりができるんだよ。それをなぁ親父がなぁこうやって探っていくと、フナやらエビやらなにかがおってさぁ捕っちゃぁするわけよ。それが面白いもんだいおれンとうもまねして捕ってなぁ。
で、それをやっとったら勝の小僧がこんだあ丘の方でお袋たちと遊んでおって、泣き出したわけだ。どうしたって聞いたらハチに刺された、って言うわけだ。で、おれんたちは足んだれバチ(アシナガバチ)しか知りゃあへんもんだい(知らないから)、そんなもんの巣がこんな草むらにあるわけないと思っておれが行ってみたらさぁ
「そこで刺した刺した」
って言うもんだい見りゃあほんに(本当に)このぐらいのハチがわんわんわんわんいっとるら、
「ハチをかまった(いじめた)だか?」
って聞いたら、勝はそんなことしやへんだが踏んだくったかどうかしただろうきっと、そしたら親父が来てさあ、
「ありょお?、こりゃあいいもん見つけた!」
っていうわけだ。それから例の鈴木林九さんだわい。またその林九さんがうまいんだそのハチ追いやることが。
(ハチ追い:愛知県三河地方の山間部では地バチ(クロスズメバチ)の巣を見つけて掘り出し、巣の中の幼虫や親バチを炊き込みご飯などにして食べる風習がある。都会の人には信じがたい。)
ほいでその巣を掘ってさ、おれんとこへ集まってよう、みんなハチの子を巣から出せって言うわけだ。そうするとまたとなりのおじさんが駆けつけて来るわけよ。
「伊藤さんちは今日はなんの騒ぎだね?」
「これを今からご馳走するでねぇ」
って言うわけよ。するとおじさんが
「そんなものわしはよう食わん」
「まぁそんなこた言うな」
ちゅうわけよ。それからまあ明くる日になってよ。佃煮作ったりハチの子飯を作ったりしてよぉ、おじさんも最初は食わなんだよ、それからおっかなびっくり食ってみたらよう、
「こりゃ、イケルじゃないですか」
ちゅうことになって。(笑) ほれからよう、林九さんが、 「そんなものおりゃあおれが捕っちゃう」
ちゅうわけだ。そりゃそうだ林九さん自分で言うとったもん、 「おらぁ営林署入ってよう、偉くなったのはハチの子で偉くなった。」
なんでっちゅうとよう、東京の方から偉い人が来るって、ほうするとハチの子掘って置いちゃあよう、こういう珍しい物があるって食わしてよう、
「鈴木は間に合うわい」
って偉くなったんだって。それだもんだいなぁ、
「肇君、そのぉ魚釣ってこい」
ちゅうわけだ。それを餌にしてさあ、おれそれだから名古屋におってもハチを追うってこと知っとった。それで
「これを追ってけ」
っちゅうわけだ。
(注:地バチの巣を見つけるには、生魚やカエルの肉を餌にし、ハチが餌をつかんで飛び立つときに脱脂綿などを同時にハチにつかませ、それを目印に巣のありかを肉眼で追って確認する。)
ハチの巣はあったぞぉ、だれも捕りゃあせんだもんで。それからあんなもん平坦部だらぁ、そんなもん追うったって楽なもんよ。
「あーあー、行った行ったあそこだっ」
てなもんだ。捕った捕った、おう。