父の釣り口伝
肇の魚釣り初め その17 おじいちゃんのへそくり
そいでなあ、おかしくてなあ、東京の釣り道具屋の東作がなぁ、名古屋の松阪屋で製品の陳列即売をやるっちゅってなぁ、おやじがへそくり持っとっただなぁ、お袋に内緒で。で、俺も連れてくで見にいじゃぁ(見に行こう)ちゅうわけだ。
ほいでなぁこっちに疎開してきてからも親父箪笥にしまってあったよ、その時に親父が買った竿。総うるしでなぁ、真っ黒。二間半のなぁ、今でいうアメ釣り竿の調子でなぁ、やや硬調の。それを親父が惚れ込んじゃって、
「俺、この竿買うで、買ったなんちゅってお母ちゃんに言うじゃないぞ」
なんて言って。そンなこたぁお袋も知っとったと思うけど。(笑)
それ一本買ってなぁ大事にしとったよ。元からうらっぽまで全部、普通竿って言うと差し込むところだけうるし塗ってあるらぁ、そうじゃなくて全部、真っ黒にうるし塗ってある。
--いくらぐらいだったの?
あん時にねぇ、その竿がなぁ、十何円したよ。
--ほーう。
大金だったよ。親父の月給がお前、七、八十円の時だ。で他の竿も買ってなぁ、フナ竿を、それがねぇ、いまでも覚えとるわ、一メートル二十センチぐらいで三本継なぐ竿を二本買ったよ。それ以外にその真っ黒を買ってさ、なんしょあの時かれこれ親父が二十円ぐらいへそくり使っただ。
でおれにもなぁ口止め料に一本買ってくれただ。ほいでその竿がなぁ、こんだぁ逆で九十センチぐらいを四本継なぐから二間ぐらいだったんじゃぁねえかなあ。あの竿がねぇ、やっぱり東作の竿で高くてなぁ、二円四十銭だか二十銭だったよ。
--結構な散財をしたなぁ、おじいちゃんには珍しく。
おーう、それを持ってなぁ帰ってきて。ほれだから俺はだいたいねぇ、延べ竿を切って横井のおじさんに手伝ってもらって自己流継なぎ竿をやーっと(長く)使っとったがねぇ、しまいにねぇ今の三ツ瀬の町長やったおじさんのそのまたおじさんが、その人はお金持ちだもんで、親父にもよく竿をくれたり道具くれたりしたけども、その人が、
「肇にも竿をやるでなぁ」
なんちゅってようその人の竿の古をなぁ、昔はなぁ修理がきかんもんで、折っちゃったりなんかすると、すると半端もんができるわけなんだよ。根っこ折っちゃったとか途中折っちゃったとかいって、それをまあ継ないだりなんだりしてよう、
「おまえがフナ釣るぶんには釣れるで持ってけ」
なんて言ってよう、よくもらったよ。
--そのころの仕掛けの値段はいくらぐらいしただん?
そうだねぇ、あの時分にフナを釣る針が、一銭買って十本ぐらいあったかなぁ...十本なかったかなぁ。テグスが四m五十センチでさっき言ったように安いので三銭、高いので五銭ぐらい。ほれだから十銭あると竿以外は間にあったよ。