父の釣り口伝
腕白たちの黄金時代 その14 稲淵のアメノウオ
それとさあ、例のその淵、稲淵(いなぶち)って言うだが、そこに清水が湧くだい。みんな泳ぎ疲れるとその清水を蕗の葉っぱで受けちゃあ飲むだが冷たいだい。いまでも出とると思うがなあ。
そこは水が冷たいらあ、こんなでかいアメノウオが来るだい、夏になると。そこへ来ちゃあこんなになって、横になっておるだよ。死んでおると思ってそばへ寄るとパアーッとどっかへ逃げる。よぉーし釣ってやらにゃぁしょんねぇと思って、俺がこっちから回って行って手変え品変えエモで釣るミミズで釣るイナゴで釣る。
餌がポッチョンなんて落ちるとサアーッと逃げてゆく。よぉーし憎らしいなあ、でけえやつが二、3尾おるだがと思って。
それから、お医者様の所へ行って、おじいに、
「でかいアメノが稲淵におるだがこういうわけで釣れん」
って言うと、
「そんなものは肇、わけはない。すぐ釣れる」
「どうして?」
「ジンゴを捕れ」
っておじいが言うわけだ。ジンゴ(カワヨシノボリの地方名)を捕って、おじいが凧糸のいいやつをやるで、それに鉤を付けたやつを二、三本作ってやるで、それへジンゴを生きたなり付けて清水の所へ置いて、持って行かれんようにこんな石を縛って一晩置いとけって言うわけだ。
そうして晩にそのとおりやって来たんだ。さあ楽しみにして夜が明けるの待ちかねて暗いうちに稲淵にとんでいったらよう、石がありゃへんじゃねえか。たしかに俺が三つ置いた石が二つしかないがおかしいなぁ、つまらんなぁ誰かに取られちゃったかなあと思って他の石を見ると喰いついてはおりゃへん。
「なんだぁおじいウソこきゃがってぇ」
と思ってあきらめてよう、こっちの田んぼの所まで来たら日が当たってきてサァーッと淵の中へ日が射したらよう、こんな尺もあるようなアメが喰いついて、石をずり込んじゃって、水の中でグランギランしとるら。
やいこりゃあえらいこったと思ったところが俺は泳げんらぁ。(笑)
それからちゃっと(急いで)とんできてよう、長兄ィが飯喰って学校行くだなんてやっとるとこへ、
「やい長兄ィ、こういうわけだ。潜って石を出してくれ」
「おら学校行かんならんでやだ」
「そんなこと言えば、学校から帰ってくるの待っておったら逃げちゃう!今行ってよ」
「そんな朝早く冷たいし、やだ!」
そうしたらおばあがよう、
「そんなこと言わずに長よ、行って上げてやれ。せっかく肇がやっただに」
そうしたら長兄ィがブツブツこいて来りゃがってよう、
「やい、誰も来やせんか見とれ!」
はい長兄ィも高等科だもんで色気があるんだ。
「おれパンツを濡らすといやだでスッポンポンで入るで、誰か来んか見とれ」
「そんなのおりゃへんおりゃへん!」
そうして長兄ィ飛び込んで上げてきたらなあ、こーんな大きなアメ。そうやってふて鉤(置き鉤)しちゃあようあそこに三、4尾おったがみな俺が捕っちゃった。
それから俺が考えたんだ。こんなもの石を持って行かれてはしょんないと思ってよう。こんだ他の方法で重たいものに縛って置いて。おったなああの時分には。そうだわい、釣る人がおらんだもんでなあ。大人だって好きな人はおるだけどそんな毎日毎日雑魚釣ったりアメ釣ったりはやる人おらんし。
あの時分にとにかくかにかく毎日じゃないにしても魚を釣るっていう人は、幸一兄ィ、床屋のおじさん、ほんに限られとったなあ。それにお医者様。
ウナギだってそうだ、幸一兄ィが晩に帰って来ちゃあ日暮れ方に一時間か二時間行くだが。おらそんなもの一日釣っとるだもんでじきに近所のウナギ釣ってしまうわなぁ。
「しょんねぇ小僧だ」
なんて幸一兄ィが言ってなあ。
--幸一兄ィて言う人は幾つぐらいの人だったの?
中原のおじいよりか十だか若いとか言ったで、今生きておれば百歳ぐらいだったのかなぁ。文三おじいちゃんよりかやっぱり十歳くらい上だったろうなぁ。あのおじさんも面白いおじさんだったよ。わりあいいい男でなぁ、村芝居をやるといつもいい役だったわい。
--村芝居なんてだいたい何月頃にやっておったの?
古戸じゃあ秋だったなぁ。十月十日のお祭りにやっただったよ。
しかしよぉ、よく子供の目で見てなんとかしなきゃいかんということを言うけども、あれは本当だよな。俺時々古戸へ行ってみてよう、大きな木がここに生えておってばか太いと思ったけど今じゃあそれほど太いと思わんとかさぁ、ここの石はばかでかいやつが沈んでおって今でも動いておらんと思うけど、なんだぁこんなに小さな石だったかなと思うでなぁ。
だけども子供の目で見て昔に見た淵は深くて、今見ると浅くなって見えるというのは違うな。淵は確かに埋まっておるな。
それが証拠にあの古戸の小学校の裏の淵でさあ、さっき言ったよっちゃなんて子はおだてると便所の所から伝わって崖に生えておる樫の木に上ってあーんな高いところから飛び込んだだが、今あんな事やったら即死だぞ、お前。ホントに。下の淵は真っ青だったもの。今なんか俺がなんとか胸の辺まで浸かって行けば渡れるだもん。あんな高い樫の木からドッボーン!なんて飛び込んじゃあよう、
「俺は一番高いところから飛び込めるぞ!」
なーんて言って気負って言ってたもんさ。今あんなしたら死んじゃうぜ、ホント。
中原の前の俺がふて鉤してアメ釣った淵でもそうだ、今なんか俺の頭より三十センチぐらい深いぶんだ。あれも大きな淵であそこら辺の子供がみな入って遊んだだが。