ウナギ釣りのこと その6  岡崎の叔父さんの超大物

--岡崎の叔父さんの大物の話は?

 うーん、それはまずなぁ。岡崎の叔父さんもやっぱり鯉釣りもウナギ釣りも好きだった。で、やっぱり毒針でウナギを釣るんだが、そこで叔父さんとおれと意見の違いがあってな。叔父さんの言うには、いくら毒針でも、ウナギって言うのはとにかくがむしゃらに飲み込む魚だで、ぱっと餌を喰ったらピッとアメ釣りみたいに合わせていいって言うわけよ。

 ところが、おれはそうじゃなくて、パクッとくわえたら、ウナギは餌を飲まずに、穴の中の自分の所定の位置まで退がって行って、そこでゴクンと飲む奴がおるで、叔父さんみたいにパッと合わせたんじゃぁ口の中で毒針が起きちゃってはずれることがあるからだめだ。なーんて言ってよくやり合ったもんだよ。

 岡崎の叔父さんも上手だったよ。東栄町へ来てからも一度釣りに行かまいかって言ってな、今の千代姫の上の方へ行ったことがあったが、あの時叔父さんも慣れない川でもウナギを見出して釣ったもの。

 それで叔父貴もなぁ、進むといっぺん行ったことがあったらしいけどなぁ、とにかく夏になるとウナギ釣ってきては晩にウナギ屋へ持ってっちゃあ売っておったらしいけど。一度法螺吹いて手紙が来たんだ、今のこっちゃねぇ電話無いだもんで。

 その手紙によるとォ、こんな一升瓶ほどもある太いウナギを釣ったで、いっぺん岡崎まで来いって書いてあるんだ。なにを叔父貴が言っとるってなもんでおれが行ったんだよ。そうして叔父貴の家につくと、さぁ来い!ってなもんでおれを自転車の後ろに乗せて走り出すんだ。聞くと魚屋へ行くって言うわけだ。そのウナギは魚屋に生かしてあるって言うんだ。

 で、魚屋でそのウナギを見てさ、いや確かに驚いたね。胴回りがちょうど一升瓶ぐらいの太さがあったぜ。長さは九十センチぐらい。長さはそんなに長くないんだな。

 そこでだ、叔父貴が、

「俺がこれを釣るのにどれぐらい苦労したと思う?」

って聞くわけだ。ということはね、最初は普通の仕掛けで釣ってたってわけだ。ググッと当たりがあってピッと合わせると毒針がカクンとはずれちゃうんだそうな。どうもこりゃ大きそうだなと思って今度は針を長くしたところ、ググーッ!と引き込んですぐに糸が切れてしまう。

「おかしいなぁ?」

   と思って何回やっても糸を切られる。しまいにゃぁ叔父貴もウナギがおるとは思わなんだそうだよ。カワウソかなんかああいうものがおるんじゃないかと思ったそうな。

 そうしておったところ、叔父さんは今の岡崎商業高校の用務員をしておったもんだで、ある日学校へピアノを直しに来た楽器屋の人がおって、余ったピアノ線を捨てて行ったそうだ。叔父貴はそれを見て閃いたんだな。

「よし、これなら切られん。」

 ピアノ線は細くてより合わせてあるら。そのピアノ線を拾ってきて糸は大丈夫と。今度は畳屋へ行って、畳を縫う針をもらって来て十センチぐらいに切断して両端を尖らせて針を作ったそうな。それへ細いピアノ線を縛り付けて仕掛けを作って、餌は何にしようかと考えたところこんだあ鮎しかないってわけで、鮎捕って来て鮎を餌にして、そうして件の場所へ行ったんだ。

 場所はなぁ、矢作川の上流に洗堰がある所があって、洗堰と堤防の角にその穴があったそうなんだ。ちょうど深さは叔父貴の膝が浸かるぐらいの浅い所だったって言っとった。

 そこで特製の仕掛けで餌を差し出すとすぐにガクン!と喰いついたんだそうな。今日こそは畳針の毒針をしっかり飲ませてやろうと思ってゆっくりと糸を送り込んでおいてよしっ!と合わせるとまぁそりゃものすごい力だって言うんだなぁ。グイグイグイグイと。しょうがないもんで糸を腰に巻き付けて堪えておったんだがホントにずり込まれそうになっておったんだ。

 弱ったなぁと思って頑張っておったところが、キィーッと音がして堤防の上にダンプカーが止まったんだそうな。叔父貴がなんだあのダンプは?なんて思って見ていると、

「なんだぁ?そこのとっつぁんは何やっとるんだぁ?」

って運転手が降りてきたんだ。叔父貴はここぞとばかり

「やいこりゃちょうどいいとこへ降りてきた。おまえ降りてこい!」

「なんだぁ?」

「今これにウナギが喰いついて引っ張っておるんだけども出てこんで、おまえ来て手伝え!」

「なんだと馬鹿じじい!引っ張って出んようなウナギがおるかァ!」

「文句言ってる暇があったら来て手伝えっ!」

ってなわけでトラックの運ちゃんと二人がかりでなぁ、やみくもに引っ張れば切れちゃうんだからやったりとったりしてずり出して、ほんと叔父貴も腰抜かしたって言ったよ、びっくりして。おれもあのウナギ見たときにはたまげたもの。それでおれが聞いたんだ。

「叔父さん、このウナギどうだ、一貫目(約4kg)あるか?」

そうしたら割と軽いだなぁ、脂身だからか知らんが。一貫目ないって叔父貴が言ってたもの。920目だか930目だったよ。見た所はほんと、一升瓶くらいあったぜ。それだでこんなでかい口開けて、魚屋の水槽ではくらん、はくらんと呼吸しておったがなぁ。あれにはたまげた。

--魚屋の客引きに飾ってあったんだね。

 おう、やぁっと生きておったって言ったぞ。喉のあたりに畳針が横になって刺さっておってな、それを引っこ抜いたらダァダァ血が出たそうだがなぁ。

「やいこりゃ血が出たで死ぬぞぉ」

なんて魚屋が言って見ておったそうだがなぁ、それでもやぁっと生きておって、みんな見に来たって言ったよ。

 後になって叔父貴がなあ、

「やい、肇。写真ちゅうものを撮っておきゃぁ良かったんなぁ。」

なんて言ったもんだったがなぁ。そんなやつがどうにかせりゃおるだよ。ありゃぁ太かった。お父ちゃんが釣ったうちで一番太かったのは650目だったでなぁ。それと思えばまだだいぶ大きいだもんで、920目とはぜんぜん違うわなぁ。

--で、そのウナギ最後はどうしたって?食べちゃったの?

 おう、最後はなぁ、だんだん弱ってきてござりそうだ(死にそうだ)っちゅうわけで、ござってしまっちゃぁ旨くないで、とにかくそれを捌いてさぁ。なんしょ、たくさん蒲焼きができてみんなで集まって飲んだって言ったぞ。そのダンプの運転手も呼んできて。(笑) ほーんとあれにゃあたまげた。

--それがいつ頃の話なの?

 叔父貴があそこにおる時だで、昭和二十四、五年あたりじゃなかったかなぁ。あれはほんとに太かった。

--親父の一番の大物はどこで釣ったの?

 こはぜ淵のケツの所。ありゃきっと産卵のために下がって来る時だっただなぁ。穴なんてもんじゃあねぇ、石の下におったもの。あの鰻も岸まで持っていって取り込もうと思ったら毒針が抜けたでなぁ。水の上をダァーって引きずって行ったら横になった毒針が喉から抜けただもんで。そりゃぁ大きかったぜ。

--何年頃?

 あれはそう古い話じゃないよ。今から十二、三年前だよ。

--あの軽トラックの上で写真に写っておるやつか?

 あれじゃない。あの時分はまだおれも写真に写すなんてこと思わなんだもの。あの鰻も太かったよ。

 鰻っていうやつはおかしいな、長さが長くなって成長したり太さが太くなって成長して行くな。長さのわりに細いやつもおればさぁ、太いやつもおるで。

 今年は天気が不安定で雨が降らなんだったせいか、穴におっても喰わんちゅう鰻がだいぶおったなぁ。五、6尾おったよ。田口の川でもあそこにおったでなぁ。鰻なんておればたいてい十のうち九までは喰うもんなぁ、ガバッと。へろんへろんしておりゃがって喰やせん。


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